穏やかに、美しく、伸びやかに。

2025年も幕を開けた。
どうぞ、穏やかな1年になるように。まずは今日を無事に生きていきたい。
そんな思いで朝を迎える。

昨日、2024年の最終日は、1年間の歩き納めとして、岐阜の町を歩き続けた。
目標もあったのだが、2万歩歩いたところで打ちどめ。
もっと歩けたのであるが、悔いなく2024年の歩みを止める。

この2万歩のうちに、最高のギフトを得た。
まずは、大好きな岐阜のかご大仏。
正月は静かに過ごしたいから、大晦日に今年のお礼を言いに行く。

岐阜の大仏さんの表情は学ぶところがある。
穏やかで、優しい。慈しみを感じる。
ああ、こんな表情で2025年は生きたいなあ。

大仏さんを見上げ、お礼を言って、外に出て。大仏殿を改めてふりかえる。
ここの大仏さんは城下町岐阜の安寧を願い、変わる時代を見守ってこられた。
見守る存在があるというのは、ありがたいものなのだ。
と思いながら、さらに歩みをすすめる。

小雨混じりのなか、傘もささず、そのうち晴れると思い、歩き続ける。
岐阜の町は、小雨、雨混じりを歩くのが似合っている。

ふと、大仏殿の背後にある岐阜城を眺めてみる。


今年の見納め。
すると、なんと虹がかかっているのをみつけた。
頂上の岐阜城にかかっているようにも見える。
なんという、幸運。
「また、虹を見た。しかも岐阜城と虹!」
年末の忙しい時間に、往来する人々、車に乗っている人は
何人気づいただろうか?
虹が消えるまで、見続けようと思ったが、今日の虹は長い。
全く消えない。なんで?虹が消えない。消えないと帰れないのに。

自転車を引っ張っているおばあさんが、近づいてきた。ひとりごと。
「ああ、虹。めずらしい。こんな風に金華山に虹、大晦日に虹。
きれいやねえ、素晴らしいねえ」

私も
「ほんとうに、きれいですねえ」
思わず言葉が出る。
「どうぞ、よいお年を」
見知らぬ人と虹の感動を共有できたのも、よかった。

この虹は、信長が見せてくれたのかな。
大仏さんが、ご褒美で出してくれたのかな。

この1年は自分なりに岐阜に思いを寄せて生きてきた。
その真ん中にいたのは、信長の存在だったから。

1年間の締めに、瞬間の自然美に出会い、
ああ、偶然とは必然かもしれず、
偶然に出会うということは、自分へのギフトなのかもと
思ったりする。

ふと、オーロラを見たときの感動を思い出し、
ふるさと岐阜での大晦日は、なんとまあ、
信長が棲んだ岐阜城と虹のコラボレーションに遭遇。
これをモチーフに新曲もできそうだ。

言葉にできない満足感いっぱいの大晦日。
終わりよければ、すべてよし。
本当にありがたい、しあわせいっぱいの一年であった。

さて、2025年はこの感動を胸に、忘れず、

穏やかに、美しく、のびやかに。
さらなる挑戦を成長を続けたい。

2025年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

元旦からお仕事されている皆さんに、心から敬意を表し、
感謝をしながら、自分も普段通りにスタート!

より良く生きたいために・・・。本ブログ、今年も毎日更新を
目指します!


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今年の一文字は「魂」

年末お会いした方から、
「今年の一文字は決まりましたか?」
と聞かれ、
「まだです。まだ考え中です」
と答え、あれから1週間。
今年1年を自分なりに振り返り、もっとも共感し、もっとも
そうありたいと思い、目指したことを象徴する一文字
を考え続けた。

その結果、
今年の一文字は「魂」。
これにした理由は、まずは、フジコヘミングさんの生前のインタビューを
聴いて、「あ、これだ!そうそう、これしかない」と思ったことが、挙げ
られる。

「機械みたいに弾いていたら、コンクールでは1番になれるかもしれない
けど、それじゃないんだよね。演奏は『魂』なんだから」
この一言に、どんなに助けられたか、救われたか。強く深く頷く自分がいた。

ずっとそう思いつつも、そう言ってはいけない、ある意味、負け惜しみになる
と思ってきた言葉でもある。

もちろん突き抜けた生涯を生きたフジコさんの言葉であるからこそ、
説得力がある。

私には大した学問も、卓越した技術もない。
ただ、幸運にここまで、生きてきた。
どうして、がんばってこられたのか、
それは何であったかといえば、自分らしく生きるというこだわり。
ブレないという信念、発想と行動、挑戦。

そして、こと音楽については、あらゆる情感の表現。
生きる人間の心の動きを、自分の経験と想像から描きだす。
そして、自分は生きているということを、表現する。

心の奥にある芯のようなもの。
魂はそんな風にも例えられるだろうか。
それがあるかないかでは、伝わり方が違うのだ。

フジコさんのピアノは、とてつもなく悲しく、優しく、美しく。
彼女はこういう人なんだということが透けて見えてくる。

技術だけの、試験やコンクール狙いの表現をしているだけでは
その人自身は見えてこない。

「魂」とは、その人自身。その人の存在の証し。
それを大切に、意識して、生きること。

この意義を感じる、有意義な1年であった。
だから、2024年の私の一文字は「魂」。
明日からも、これを意識し続けて、生きていきたい。

フジコさんはじめ、偉大なるアーチストが遺されたメッセージを
自分たちなりに受けとめ、人に感動を伝える仕事をすること。

最後に、
今年も多くの出会い、学び、気づき、感動を
心からありがとうございました。
1年間、お世話になった皆さま、大変ありがとうございました。

2024年最終日を、最高に有意義に過ごし、1年を結びたいと
思う。



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ジュリエットへの愛に、想い馳せ。

今年もいろんな方が旅立っていかれた。
有名、無名・・いろいろあれど、身近であればあるほど、その悲しみは
長く、そして広く影響を与えた人であれば、多くの人が悲しむ。

オリビア・ハッセーもそのひとり。
昭和世代にとっては、「ロミオとジュリエット」の映画でのあのジュリエット役
が懐かしい。
シェークスピアが書いたあの物語が美しい悲恋物語として映像化され、子ども
ながらに、これは実話なのかと涙したあの時代。
そして、何より、布施明との出会い・・。その当時大変話題になったことも
懐かしい。日本が高度経済成長に向けて湧いている時代。

そして、偶然にもそんなことはすっかり忘れて、最近、布施明の歌唱力に改めて
注目し、70代後半になっても衰えぬ歌声を心から尊敬し、目指したいと
思っていた。

オリビアはブエノスアイレス出身であったこと、お父さんは有名なタンゴ歌手という
ことも知り、驚き、いろんな想像も膨らむ。

オリビアの訃報を知ったせいか、さらに布施明の昔の歌が聞きたくなり
久しぶりにベストアルバムを聴く。
つややかな伸びる声は、華やかである一方、心込めれたバラードには、より
心動かされ、その情景がくっきり浮かぶ。
丁寧に歌っておられるからだろう、歌詞のひとつひとつが場面になる。

そのなかで「カルチェラタンの雪」という曲を何度も何度も聴く。
きっとオリビアもこの曲、好きだったのでは?と勝手に妄想する。
パリの石畳をあるく男女。私の中で、この歌の登場人物がいつのまにか
オリビアになっている。

布施明はいつも誰かを思い浮かべて歌っているのかなと思うほど
に、心を現るアーチスト。
具体的に誰かを思えば思うほどに、思いが込められるはずだから。
この時代の歌を聴くと、オリビアのことを思い浮かべていたのかも
しれない。

と、事実はどうか知れないけれど、
改めて俳優、歌手という仕事は、人々に自由な発想や想像を与える
想像的な仕事。
人に感動を与える仕事。

70代での死は早いと言われる今日。
そう70代は、まだまだ壮年。

夢を見させてくれたオリビアに哀悼を込めて、
あの時代をいつくしみながら、

今、布施さんはどんな思いで、歌を聴衆に届けるのだろう。
と・・・。

歌で、愛する人への思いを綴ってほしい。

人生は、ドラマだ。そして、歌は人生だ。

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返事がなくても、ありがとう。     

 今年もあと3日。1年、362日が過ぎたということだ。
改めて考えたら、すごいことだ。長距離マラソンのごとく。
そして、1年という観覧車ももう少しで1周。

1日24時間生きるには、体力も気力も、いろんな力が必要だ。
それらがあるからここまでこられた。
よく考えたら、すごいことだ。当たり前ではない。

生きることをあきらめる。そんなことを考える隙もなく、
やること満載、考えることづくめの1年を過ごせた。
何という贅沢か。
今年は、自分とのいろんな約束を果たせた・・・そんな1年。
それができたのは、ひとえに周囲の方のおかげ。

眼を閉じて、心の中に観覧車を描く。
この1年、またこの1年にいたるまで、お世話になった人、応援くださった人、
思いを下さった方・・・。
いろんな方がにこにこ、乗っておられるのが浮かぶ。
ほんとうに、いろんな方のおかげで、私は生きてこられたと
思う。おかげさまの1年。

そんな皆様にちゃんと挨拶ができたか。お礼は言えたか。
相手がどうであれ、返事があろうがなかろうが、
感謝を伝えたい方には、メッセージを送りたい。

残念ながら返事が来ない方も増えている。
それでも、
「ありがとうございます。おかげさまで、この1年も無事に
自分らしく生きられました。」
と伝えたい。

今日もこれまで来た道を振り返り、お礼を言い忘れた人は
いないか・・と点検。

あと3日。賑わいのなかに、静けさを求めたい。
楽しみのなかに、感謝を示したい。

頭の中で、わが「人生は観覧車のように」のメロディが
オルゴールのように、鳴っている。

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喜ばれる仕事は自分へのギフト。

世の中の平常業務が終了し、心に静けさが戻った。
深呼吸しながら、今年を自分なりにふりかえる。
いろんな思い出が増えた。有難い限り。
そのなかで、糸魚川の茶店「えほん」さんとの
イベント。このことを思い出すと、今もじんと
胸があつくなる。
「今年はお店も25周年です。」とお聞きし、何か
できないかと思いを馳せた。そういえば、長らくコンサート
に来ていただくことも難しくなっているなあ。
コロナ、距離的な問題・・・・。
じゃ、まさに出前コンサート!をすればいい。

ということで、店主に提案。メールや電話で
は伝わらないので、現地まで訪問し、一緒に
周年イベントをしましょう!と持ち掛け、
コンサートの開催が決まった。
それは春。寒さも和らぎ、挑戦を決意するには
いい季節。
それからコンサート準備も一緒に行い、6月無事本番を迎えた。
(そのことは、翌日のブログにも投稿)
間に合ったギフトソング | 毎日更新!マーサのブログ

あれから、約半年。
本が届いた。
店主はずっと毎日短歌を詠み、綴っておられる。
それ等の作品をまとめ、すでに自費出版されていたが、
今回はその続き。短歌日記の第二弾。
これは25周年の記念も込めての作品集になっている。
毎日の歌を詠むと、店主の日々のくらし、心情がものすごく
伝わってきて、生きることとは、こういうことなんだ。と
学びをいただきつつ、ブログを毎日書きつづけることも
ひとつの発信であり、自己確認であるが、短歌を毎日詠み
続ける活動こそ、毎日の思い出づくりにつながっているのだ
と感動した。

この冊子は、毎日詠まれた心の歌が綴られているだけ
でなく、25周年をふりかえり、ご家族とのこと、そして
一緒に取組んだコンサートのこともページを割いて
紹介された。コンサート当日にサプライズでお贈りした
曲の歌詞や新聞記事も掲載されている。

この本は、「抱きしめたくなる本づくり」を約20年
地道に取り組んできた新潟の自費出版社が、初回の
句集に引き続き、制作した。自分も関わってきた手のひら
サイズの本である。
https://e-muse.jp/musescorporation

今回、その出版社より自分を紹介していただいたぺージの
画像をいただく。

また、何冊かご本人よりこの本をお預かりしている。
共感いただけそうな方に、ぜひ感動のお裾分けをしたいと
思っている。

糸魚川の小さな手作りまちカフェ。そこでの初めての、
そして25周年のコンサート。
今、2024年の終わりが近づき、こんな仕事もしたなあ。
と、本を目の前にしみじみと・・・。

「いのちある限り、がんばってやります!」
当日参加された地元のお客様たちに宣言されていた店主、
マツ子さん。
今年は忘れられない1年になりました。と言ってくださる
ことが、私にとって最高の贈り物。

また、出かけていく。またいつか、もう再び。
そんな希望を持ち続けて生きていくことこそが、
生きる力になるのだと思う。

雪が降り、寒い糸魚川のこれからの季節は少し心配。
あたたかくして、必死に準備して、がんばったこの
イベントを思い出し、心を再び熱くしていただけたら。

喜ばれる仕事ができ、うれしい1年。
マツ子さんの健康を祈りながら、感謝をここでも。
ありがとうございました!そして、
改めまして、25周年おめでとうございました!

このえほんさんの、25周年記念の短歌日記に
ご興味ある方は、ご一報いただければ、
お送りします。
https://www.mahsa.jp/contact/

数に限りがありますので、その点ご承知ください。

以下、コンサートのことを掲載いただいたぺージです。





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歳末 長崎特派員だより

長崎の弟のような存在、カステラ屋さんのハヤトさん。
なんだかんだで15年以上のおつきあいになるだろうか。
長崎に初めて行ったときに訪ねたお店。そこからのご家族とのご縁。

今回、そのお店のすぐ近くにある旧香港上海銀行長崎支店記念館
で2月に11年ぶりのコンサートをすることに決めたのは、
このお店とのご縁があるから・・というのもひとつの理由。

下のイラストは、そのお店の装飾にも使われ、包装紙にも使われて
いるが、南蛮時代の歴史と文化の香りがして、とても気に入っている。
代々家族で経営されてきたこのお店。宣伝や広告はあまりせず、
職人魂一筋のところがなぜか気になって、いつの間にか、応援団に
なっている。

今回はコンサートをするということで、ポスターを店頭に飾っていただいたり、
チラシをお客さんに配っていただいたり、
またコンサート会場まで、私の代わりにチラシを届けにいってもらったり
いろいろ応援をいただいている。
遠くにいるため、自分がいろいろできない分、地元の方が手伝ってくださる。

長崎の人たちは、物静かであるが、とてもやさしく、信頼できる。忍耐強くも
ある。数々の経験が彼らたくましくしたと思っている。
何か本質的なことをわかっている。そんなことを感じるから、きっと好きなのだ。

「おかげさまでクリスマスはケーキで忙しかったです~」との
メールに笑みがこぼれる。
そうだ、カステラ屋さんだけど、ケーキもおいしい。長崎のクリスマスか。

長崎の人脈はそんなに多くないけれど、それでも、この長崎の地で
平和と愛を願う、そのメッセージを伝えることは意味がある。
「ポスター貼りましたよ~」「会場の棚に置いてもらっているチラシは、期限が
近づくとだんだん棚の上の方においてもらえるそうですよ。」
まさに、長崎特派員。忙しい仕事の合間に、動いてくださっている。

ありがたいなあ。ほんとうに。
今は、ひとりでも多くの方が、県外から長崎を訪れるきっかけになれば・・と
自分でできることをがんばる。
長崎の心族に感謝をこめて。
場所的に、写り込んでしまうけれど、店前を通る人、店に入る人の目に留まる。
こんな風に大浦天主堂下の長崎堂さんの店頭に、マイポスターが。
ありがたいクリスマスプレゼント、長崎からもいただいた。

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夢はギフト。最高のクリスマス。

ラッキーなことに、東京から京都に帰省する友人とタイミングよく
京都駅で会うことができた。
彼女とは毎年大晦日に京都で会い、一年の締めとして、あれこれ話すという
のがここ何年かの恒例行事になっていたが、今回はたまたまクリスマスの夜、
しかも京都タワーの下での待ち合わせとなった。

「さっちゃん」「マーサさん」と呼び合う凸凹コンビ。
彼女さっちゃんは劇団を運営する、脚本作家であり、私にはない才能をもって
いるため、どうしたら、あんな作品が書けるのだろうと公演に出かけては
感心するばかり。
その彼女は、私を劇団の音楽係として、時々劇中で生演奏をさせてくれる。
新たな世界への挑戦を一緒にできる、貴重な仲間でもある。

朗読劇をはじめとする劇と音楽。生と生でどんな世界が生まれるのか。
コロナ禍を越えて、配信という手法も加わったけれど、やっぱり生がいい!と
自らの作品の場づくりを求め続けている。
私自身も、同じようなことを考えて動いているため、ともに夢を語りやすい。
話すだけで、新たな化学反応が生まれそう。そして、何よりもわくわくする。

「来年は、絶対京都で一緒にやりたい。やろ、やろ、親孝行せな」
と、昨年も話した記憶はあるけれど、本当に来年こそは、という気持ちで、
夢を語った。面白いアイデアも出てくる。夢語りは限りなく、
時間があっという間に経つ。そして、名残惜しい気持で、京都駅で解散。

夢を語り合えるクリスマスとは、最高のギフト。
彼女は私を新たな世界に導いてくれる人。
音楽でも、ビジネスでもない、違う世界の人だからこそ、新たな発想が
生まれる。

彼女のお母様はお元気だ。今も実家の店の金庫番をされている。
ぜひ、お母さんが元気なうちに、いっぱい作品をお母さんに見せてあげて
ほしいなあ。
地元でライブをやるときに営業部長のごとく、物凄くはりきっていた母と、
彼女のお母様が重なり続ける。

「来年は、絶対京都で!まじで、ほんまにやるし!」

力強く握手をして、あふれる笑顔で別れたクリスマス。
なんだか、すがすがしくて、胸も高まって。

お互い、五つ星を越えるきらきら作品を生み続けたい。

夢をもてることこそが、生きる上での最高のギフトかも。

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聖なる気持ちで。

町中にクリスマスソングが流れるのも、今年も、今日が最終日か。
音楽があるだけで、クリスマスムードは高まる。ハレの日気分になる。
国によって表現は違えど、今日はクリスマス。

写真は、近くにある企業の敷地内公園に輝くクリスマスイルミネーション。
毎年、こんな風に飾り付けてもらって、うれしい限り。
多くの家族連れが、カップルが友人たちが集い、ささやかな非日常を楽しみ
撮影している姿には、平和を感じる。

灯りという力は、単に美しいだけでなく、
無言の神聖なる世界を与えてくれる。
もともとは、キャンドルの灯りであろうが、今やアーチストによるイルミネーション
の華やかさがクリスマスムードを高める。

クリスマスキャロルには好きなナンバーがいろいろあるが、
そのなかでも、「きよしこの夜」がやはり心落ちづく。
英語では、 holy night,silent night ・・と続く。
holy という言葉はとてもキリスト教的に感じるワードであるが、
清らかである、穢れがない、尊いという意味だ。
そして、この曲は歌って、聴いて清らかな気持ちになれる不思議な
魅力がある。

楽しいパーティもいいけれど、静かに自分の存在を確認する
そんなひとときであっても、よいのかもしれない。

今日、教会では厳かにミサも行われるのだろう。
クリスマスに関するイベントがクライマックスに向かう今日。
日本では、商業的な賑わいが目立つが、少し静かにこの1年を
感謝する日・・として置き換えてみるのも良いかも。

聖なる存在。
普段考えないことを、想像してみるのもいい。
とにかく、世界から戦いがなくなり、
平和で穏やかに暮らせる日々が訪れるように。
そんなことを願う1日にもしたい。

聖なる夜、静かなる夜。

平和ボケの日本のなかで、真のクリスマスを思う。

すべての周囲の存在に感謝して、
今日を大切に生きたい。





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今できることは、今年のうちに。

いつでもできる、という言葉は、いつでもいいや。
とも置き換えられる。だから、結局しない。ということにもなる。

今できることは、今やろう。
今年できることは、今年のうちにやってしまおう。

仕事でもなんでも、課題は積み残しがあると、たまっていくだけで
そのこと自体がプレッシャーになってくる。

だから、今できることは、今やる。
そして、いつでも次の課題が湧いてくるように。

1年という節目は、そういう意味で、ありがたいと思う。
今年のうちにできることは、全部やっておこう。
不思議なもので、最終週になると、急に思い立つこともある。

あれもこれも。
そうそう、片付けもしなければ。
これは、静かな正月にやろうと思っている。

いい一年だった!と言えるのはラストスパート次第。
まだまだできる。
そんな気持ちで、今日もパワー全開。

元気に走ることができることに感謝しながら、
2024年をしっかり仕上げたい!

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週替わりデートを楽しむ


この写真はとても気に入っている一枚であり、生涯忘れることができない
もの。
アストロ ピアソラ。現代音楽家で最も尊敬する作曲家、バンドネオン奏者
の墓地である。墓石の上においた紫のブーケは自分が持っていった。

この1枚を見ると、ピアソラとの勝手なつながりを感じる。
ここに行ったのは8年前になる。なんと。。。懐かしい。
タンゴはもちろんであるが、ジャンルを超えてピアソラならではの哀愁に
満ちたメロディー、バンドネオンの音が自分の人生を変えたともいえる。

初めて、彼のバンドネオンを聴いたのは20代後半か30代、BUNKAMURA
でのことだった。ミルヴァとの共演であった。

私の青春の一コマであり、その後の自分に大きな影響を変えたアーチスト。
父が旅立ったときは、ピアソラが彼のお父様が亡くなったあとに作ったという
アディオス・ノニーノがずっと頭の中で鳴っていた。
悲しみと情熱と愛・・・。ピアソラの音楽には私が欲しいものが全部詰まって
いる。

ということで、昨日はピアソラの曲を弾いた。
ブエノスアイレスで集めた楽譜を開きながら、思い出しながら弾き続ける。
なんときれいなコードなんだろう。切ない音色だろう・・。
そんなことを思いながら、いろんな曲を弾きあさる。
初見演奏は楽しい。楽譜を追いかけながら、指を動かし。そこから生まれる
ハーモニーを感じいる。よくこんな和声が生まれるなあ。
ピアソラ独特のコードがある。

先週はショパンとの語り合いをした。
「ワルツ」が入った楽譜を求め、作曲家の辿った道を散歩を楽しむように。
昨日は、ピアソラと一緒に、ブエノスアイレスの町を空から楽しんだ。

週替わりの音楽デート。
すべては空想の世界。

改めて音楽がもつ世界は凄いと感じる。

次はだれと?
シューベルトか?ベートーベンか?はたまた??

わずか1時間、2時間のわが空想時間は、この上ない贅沢な体験である。
こんなことができるのは、ピアノのおかげ、そして両親のおかげ。
彼らは最高のギフトを私に与えてくれていたのだ。

これからも、ずっとこんな時間を楽しませていただくとしよう。





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