聞ける人に支えられ。

たとえば、ひとりの人生が終わる。
このあと、何をどうすればいいか。
その時になってみないと、いざ、その現実に直面しないと、
わからないことが多い。
親を送るということは、これまで知らなかった世界に足を踏み入れること
でもあると、改めて思う。
そして、このことは、自分の人生で、そう何度もないことだ。

特別なこと。そして、それは、ある日、突然にやってくる。
悲しみの中、せねばならないことが多い。
悲しんでいるだけでは、何も進んでいかない。自分がやるしかない。
どちらかというと、感情は置き去りにして、まずすべきことをする。

母のときも、父のときも・・本当にいろんな方にお世話になっている。
生前からお世話になってきた皆さま。
そして、亡くなってから助けていただいている皆さま。
さまざまなお悔やみ、激励、応援のメッセージに加え、
困ったときに、知らないことを尋ねれば、すぐ教えてくれたり、
動いてくださったり・・・。
今、改めて思うのは、
聞ける人が周囲にいてくれることへの感謝。

その道の専門家がいろいろいてくださり、
助け舟を出してくれる。
聞ける人がいる。という安心を感じている。

おかげさまで、そんなこんなで、超スピーディーに物事が進んでいる。
することをしてから、ゆっくり感情と向き合うことになるのだろう。

毎日、いろんな方に無理を言って、助けていただいて・・。
わが人生は、本当に恵まれている。

私も聞かれる人になりたい と思う。

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そっと、見守る優しさを。

マスコミの役割について、考えさせられることが多い近年。
公器として、報道する立場としての思慮深さ、社会への影響を
よく考えて報じているだろうか?
興味本位や偏狭な解釈、あるいは操作的な意味合いを忍ばせて
発信してはいないだろうか?と疑問に思うことが多い。

もちろん反対に、共感できるメッセージを発信しているメディアや
コンテンツ提供者も存在はしているが、それはマイノリティで、
意識して、探そうと思わねば出会わないことも多い。

ネットで素人がつぶやきと称しながら、吠えているのとは違い、
プロであるならば、社会へのより良き影響、全方位的な幸せ、
平和を意識して発信すべきではと、広報の世界をしばらく垣間見てきた
立場としては、そう思えてならない。

コロナのことや、政治的なこと(この国のゆくえ)について、
この何年間かはそう思いながら、動静をみつめている。
そして、このたびの若きカップルの報道。
パパラッチ的な執拗な取り上げ・・・。事実は何であれ、報道されてしまえば、
それが事実として、認識されてしまう。
反論することもできない環境に生まれてきた方々にとっては、
一方的な報道は暴力であり、人権侵害である。お気の毒である。

今日は、静かにそっと見守り、新たな出発をお祝いしてあげればいい。
そっとしておく。ときには、そんなメディアがあっていい。
報じる側も、ときには配慮、遠慮、思慮を尽くして、
人として、の仕事をしていただきたい。

いろんな生き方があっていい。
人は人。
人のことを気にするよりも、自分のことをしっかり生きるように
そんなメッセージならば、歓迎だ。

報道関係の方へは、プロの仕事、後世に残る仕事、人々が感動できる
メッセージをぜひ・・・。そんな風に想う。

若きお二人の勇気ある選択。気持ちよく出発できるように。
ハッピーエンドになるように。

報道、発信という仕事も、持続可能な仕事になるように
心から願う。
そのためには、自らの考え、思い、哲学が必要だと思う。
そして、
愛と優しさも・・・。


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並んで、こっちを向いて。

母のときと同様、父の四十九日まで、何度かお寺に伺う。
亡くなってから納骨までの法要に関することを一通り体験したことが記憶に新しく、今度は何かとスムーズというか、段取りがいいといいうか・・である。
人間、不思議なものだ。経験すると慣れが生じる。今回はそのことで、
精神的に負担が少ない一面もある。

初七日後、初めてお寺に伺う。
実家は誰も住んでいないため、お骨はお寺にしばらく預かっていただいている。
これも母のときと同じ。

お寺の本堂に入ると、お参りの用意がされていた。
父の遺影と遺骨と本名が書かれた位牌。そして、父の写真の横に母の遺影も・・・。
お寺に預けてあったため、せっかくなので、と一緒に出してもらった。

夫婦並んで、私と妹の方を見ている。
この位置関係は、これまでなかった。
生きているときは、皆同じ方向を向いていたという感じ。
今は、父と母は、二人並んで、私たちと向き合っている。という構図。

ちょっと不思議な感覚を抱きながら、
でも、二人一緒ということでの安心感はある。
父は、一歩先に出発した母にもう追いついたのかな・・とも。

お経の声を聴きながら、そんなことをずっと考えていた。

二人並んで。なんともいえない。寂しくも安堵。悲しくも幸せ。



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終わりよければ、次へ。

どんなことにも、始まりと終わりがある。
1日にも、ひとつの仕事にも、人生にも・・・。
そのプロセスはいろんな迷いもあり、途中で投げ出したいこともあったり、
まあ、一筋縄にいかないことも多い。
でも、やってみたら、なんとか着地する。
人は一生の間に、何回、始まりと終わりを繰り返すのだろう。
まさに、人生は観覧車だ。

今回、ひとつの企画がひと区切り。
まあ、こちらもプロセスはいろいろあったが、
それでも最後は、なんとかうまく着地。
終わりよければ・・・という結びにできたかなという印象。

さて、終わりよければすべて良し。
とは思わないこともあるが、
終わりが良ければ、次に向かうパワーもみなぎってくる。
心おきなく、次に進める、飛べるということだ。

だから、元気な限り 前向きでいる限り、
終わりよければ、次へ行こう。

どうぞ生きるならば、
ひとつひとつ終わりを見届けて、
次の始まりに向かうとしよう。

さあ、今日も新たなはじまりへ。

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家の前に新たな街が!

名古屋に引っ越してきたのが4年前になる。
いつか親のことが大変になるから、近くに・・という思惑は
結果的にそのとおりになってしまった・・・。

引っ越すときに「3年ぐらいしたら、前にショッピングモールができますから」
と不動産屋さんに言われて、ほんとかな?と思っていた。
コロナもあって、オリンピックの延期、リニアの工事は?などなど、
予想外の出来事が続き、こんな大変なときにSCなんてできないだろう。と
思っていたが、仮囲いの中の工事は着々と進んでいた。

そして、グランドオープンの前に営業の慣らし運転をする「ソフトオープン」
のチラシがポストに入る。
オープン後は混雑するに決まっているから、事前にリサーチに行こう!

と、出かけた。徒歩20秒。通りを1本またぐだけで、本当にSCがある。
できてしまったのだ。
建物に足を一歩踏み入れると、別世界。
一瞬、「ここは、どこ?」と不思議な感覚に陥る。ずっと昔、NYの郊外のSCに初めていったときの興奮を思い出した。

真新しい建物に、ぴかぴかのお店たち。業界の人もちらほらいるのが、いかにも
ソフトオープン中という感じではあるが、
チラシの効果か口コミか、もうずっと前から営業をしているように、地元の人でにぎわっている。楽しそうに皆さん見物しながら、利用している。
コロナも落ち着いてきたところで、人々は新しいもの、お出かけスポット、外食先を求めていたのか、とにかく盛況で、これがグランドオープンとなったらどうなるのだろうと不安になるぐらい。

これまで都心に住んで、車なし世界で生活してきたため、正直、SCは自分にとって身近な存在ではなかった。
改めてこの中にあるメインのスーパーマーケットは、これからリサーチに最適。豊富な品ぞろえ。こんな安くていいものを、SC利用者は購入していたのか。
PBの充実も含め、とにかく圧倒される品数、店づくり・・・いろんな意味で
私にとっては新たな仕事場ができた感じ。この面でうれしい。
また飲食店も、名古屋らしいお店も多く、回転寿司ならず、回転焼肉という業態には驚いた。などなど・・コロナが再び広がらないうちに、とこぞってお客さんが集中するのではと思うほどに、新しい店舗が立ち並ぶ。

家の前に突如現れた、新しい街。
1週間後がグランドオープン。
間違いなく、人の流れが瞬時に、大きく変わる。
家の前の道は、渋滞する。これは憂鬱。関係ないけれど、静けさがなくなることはうれしくない。
それよりも、
近所の商店街が心配になる。地道にがんばってきた、コロナでも営業を続けてきた地域のお店が、おそらくこのSCに飲み込まれていくことは間違いない。

突然できる新しい街と、歴史を重ねてきた古い街。
共存していけるのか、
渋滞とこの商店街のことが気になり、
次の引っ越し先もいつか考えることになるのか、いやはや・・・。

とにかく、家の前に、新しい街ができた。
ちょっとした衝撃だ。
今年は、悲喜こもごも、いろんなことが続く。

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マラソンの束の間の・・・。

仕事もひと段落して、ちょっと時間ができて、久しぶりに好きな
カフェに行く。
いつも行く店舗はコロナも落ち着き、盛況のようで、
店の外に人が並んで待っていた。
待ってまで入る気もなく、ふとその隣にできた、
カウンター席だけの新館をみつけ、そこに入ってみる。
おばあさんが、ひとり、座ってケーキを召し上がっていた。
「お邪魔します」
声をかけて、離れた席に座る。
コーヒーを注文する。馴染のショパンが静かに流れている。
沈黙していても、美しい音色があるのは、心地よい。

この1週間、いやここ何か月か、ひとりゆっくり座ってコーヒーを飲む
ことを忘れていた。いや、できなかった。
味わうということが、実はなかったのかもしれない。
いつも、緊張していた。いつ携帯が鳴るかもしれない・・と
気がかりの日々であったから。

久しぶりのお気に入りの店。カウンター席に座り、静かに京の時間に触れる。
すると、10代からのさまざまなことが、次々思い出されてきた。
父や母のことをはじめ、今は亡くなった大好きだった人たちの
こと・・。京都を舞台にした、自分の若き日、つかのまの親孝行の日々・・・
とにかく思い出がどっと流れてきて、それを心に収めきれなくなってきて、
とても息苦しくなってきた。

「やっぱ、京都はいいねえ~」
隣に座っているおばさんとは、なんとなくの世間話を二言、三言
交わしていた。
このままいくと、
「実は・・・」と、親のことを話しそうになる。
いかん、いかん。この方の貴重なコーヒータイムを暗くしてしまう。
ぐっとこらえる。

と、少しゆっくり、立ち止まる時間があると、思いがあふれてくる。
この時間も、とても必要だけれど、今は、もう少し走り続けていたい。
立ち止まるより、前に進むほうが、楽だ。
そんなことを思いながら、淹れたての苦いコーヒーを味わう。

どこに行っても、気が付けば、親との関わりの時間を思い出す。
それは、これからもずっと続く。
そして、それはきっといいことだ。
どこにいても、親に会えるということ。思い出がいっぱいあるということ。
でも、今は沁みる。

今はそれらの思い出を楽しむより、前に進み続けたい。
そのうちに時が経って、思い出をゆっくりと楽しめる。

隣に座られたおばあさんが席を立って、行かれる。
「ありがとうございました。」
「こちらこそ。お気をつけて、またいつかどこかで・・・」
なんとなく、そのおばあさんを母に重ね、そんな声をかけて
見送った。

マラソンの束の間、京都でのカフェタイムをいただき、
また、マラソンの旅に戻る。

また、どこかで・・・。
その日まで、まだまだ走り続けるとしよう。






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父のお供と、お揃い。

父ががんばって生きているときから、父のお供について、考えていた。
万が一・・をどうしても考えざるを得ない日々であった。
いろんなものを少しづつ用意していた。でも役立つ日はずっと遠いといい
と思っていたが・・・。

そして、今となっては
父の旅立ちに用意したものと同じものが、急にほしくなってきた。

親愛なるアッシー君への感謝状は、前書いてくれた書家さんに
また同じものを書いてもらうことにしてあった。
マフラーは紫色で観覧車ロゴ付。追加で急いでつくってもらった。
帽子は、東京の仲間たちがなんと、プレゼントしてくれた。
そして、入院してから2年間、ずっとベッドの横に置いていたぬいぐるみ。
相方が調達してくれて、ずっとお守りのように置いていた。
これも同じものを取り寄せた。

こうして、父が持って行ったものと同じものをいくつか
手配して、揃ったら、少し寂しさがやわらいだような・・・。

父のお供と、永遠のお揃だ。
それぞれ、自分が思い入れのあるものばかりを
父に持って行ってもらったので、余計に思いが募るのだろう。
もちろん、父が愛用した思い出の品々は、母のそれとともに、たくさんある。
ぼちぼち整理をしながら、再び親の一生をたどる時間を過ごすことになる。

命果てても、ものが残る。
命果てることで、存在がより強く残る。

そんなことを想う、肌寒い朝。

さあ、今日は京都へ。

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たくさん、たくさんありがたく。

父の旅立ちから、まだ1週間経っていない・・。
それなのに、まったく世界が変わった、この不思議な経験。
ちょっと言葉で言い表せないものがある。
おそらく、経験しないとわからない感覚なのかもしれない。

本当に、多くの方がお悔やみや、励ましのお言葉をくださって、
こんなにも皆さん、心を寄せてくださること、心配してくださることに、
胸がいっぱいになっている。
みなさんの応援がすごくて、その気持ちに応えようと
元気が湧いてくる。

父も、母も幸せであったと、改めて思う。
今は、仲よく笑って話しているだろう。
天国でも、岐阜弁なんだろう。

そんなことを想像しながら、
今、私自身は、多くの方に支えられて、今日も存在している。
親がいなくなっても、こうして周囲の皆さんとともに
生きていける。生きていく。
ああ、ありがたい。

毎日、誰かが言葉をかけてくださって・・・。
心を寄せてくださって・・・。

楽しいことの共有よりも、悲しいときに心寄せてくださる方が
ありがたい。

今朝は、眠る父と母に、花を届けにいこう。

たくさん、たくさんの気持ち。このギフトを忘れず、前に、前に。

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やりきった感と・・・。

本当に皆さまが心配してくださる。
親が亡くなる、しかも半年あまりで、もう一人も・・・。
1年しないうちに両親が亡くなるって、そんなにあることではないのかもしれない。
だから、皆さん、かける言葉もない・・・と言われ、本当に心配していただき、
優しい言葉をいっぱいいただいた。自分ごととして、想ってくださる方も多くいてくださって・・。
本当に、本当にありがたいことだ。
昨日、ZOOMで会った新潟のある人は、
「大丈夫かなととても心配していたけれど、やりきった感じがして、充実した顔に見えた。」
と言われた。その言葉がまた、ありがたかった。

元気に見えることがとても大切だ。

無理をしているのではない、ただ普段どおりにしているだけ。
心の奥に、いろんな感情はあるけれど、それを乗り越えて
頑張って生きていかねばならない。
いつもどおり、そういった心持になっている。

なぜか元気で、笑顔でいられる。いようと思える。
自分でもわからないが、清々しい気持ちでもあり、
大仕事をしたあとのような気持ちでもあり・・・。

どんなときも、元気・笑顔でいたい。
多分、両親の応援がゆるぎないものとして、自分の中に
インプットされたのだと思う。

いないけど、いる。
これもポジティブ発想で受けとめる。

やりきった感・・・と、自分の心のなかにあるさまざまな感情を
感謝に変えて。
祭壇から持ち帰ったトルコキキョウが、私にやさしく微笑んでいる。
さあ、今日も元気にいこうか!



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父の帽子愛。

今回の葬儀でもっともよかったと思っていることは、
父が40年以上お世話になった会社の社長さんにおいでいただけたこと。
定年退職して約四半世紀経とうとしているため、退職後は、ほとんど
交流がなかった。
けれど、父が2年前、脳梗塞で入院したときに、病院の近くにその会社があったため、あまりにご無沙汰していたけれど、勇気をもって連絡してみると、
社長さんがすぐお見舞いに行ってくださった。

父よりずっと年下の社長さん。先代が亡くなって32歳で社長になられてから、
父が社長さんの片腕だったようで、一緒に仕事をしてきた。
年上の番頭はきっとうるさかったことだろう。先代に仕えた身として、息子である若社長に対して、上から目線だったかもしれない・・。

葬儀の席で、社長さんが、お別れの言葉ということで、スピーチしてくださった。
「お見舞いに行ったとき、半身不随にならないように、リハビリをがんばると、そんな話をしていたのですが・・・」とまずは、そのときの様子を語られた。
そして、父の現役時代の話に・・・。
父の若いときからの帽子づくりに対する情熱、技術について話してくださった。
参列者のほとんどが、知らない父の一面を初めて知ることになった。

若い頃は、業界主催の帽子コンクールで、毎年入選していたとのこと。
その創造力が素晴らしかったと社長さん。
なぜ、そんな帽子ができるのか?
と、不思議に思われていたそうだ。

そして、今回、斎場に来られ、父の遺影を見たら帽子をかぶっている。
そして、会場には私が贈ったり、父が愛用していた帽子もいくつか飾ったため、それをご覧になって、社長さんは、いかに父が生涯、帽子が好きだったか、帽子を愛していたか・・を改めて、理解されたのだそう。

「今尾さんは、帽子を愛しておられたから、素晴らしい帽子ができたんです。
 改めて今回、わかりました。帽子愛がある方だったんです。」

帽子愛・・・。初めて聞く言葉だった。
制帽会社を先代から受け継ぎ、帽子づくり一筋に生きてこられた社長さんにとっては、この仕事仲間の変わらぬ「帽子愛」こそが、一番の誇りであり、喜びであっただろう。

父のつくった創造性豊かな帽子・・・。もう、ほとんど記憶にないが、
父はもしかしたら、クリエイターだったのだろうか?
その血はひいているのだろうか?と思いながら、社長さんのお別れの言葉を
聞かせていただいた。

人生の結びに、その人の魅力を知ることもある。
ありがたい。


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