先日ラジオで流れてきたピアノ曲、ラ・カンパネラ。
ああ、懐かしく美しい響きだ。
ヨーロッパの市街にある教会のイメージが、鐘の音とともに広がる。
でも、めちゃくちゃ難しい曲で、昔はまともに弾けなかったな~。
勝手にアレンジして、だましだまし弾いてはいたが・・・。
と思いつつ、なんだか急に再挑戦してみたくなり、
楽譜を探して、40年ぶりに譜面を開く。
リストのエチュード(練習曲)の15番。憧れの曲のひとつであった。
超越技巧という名がつく曲があるほどに、リストのピアノ曲は本当に難しい。
手が2本、指が10本では追いつかないほどに、鍵盤の上を素早く大きく飛ばねばならない。
そう、ピアノを弾く人が指先のアスリートと思えるほどに。
しかも、その飛んだ先の鍵盤に的確に当たらないと、見当違いの音が出て台無しとなる。
とにかく難しい。
ちょっとだけ弾き始めて、ああ、こりゃダメだー!
メロディは知っているため、鼻歌はできるが、指が・・・。
その前に目が楽譜を追いかけるのも難しい。どこまで高音にいくの?と言う感じ。
なんだかベートーベンやショパンがかわいく思えてくる。
ということで、久しぶりのリストのカンパネラ。
歯が立たなかった。とても悔しい!
いつか絶対に弾けるようになってやる!と久しぶりに闘志がわいた。
コロナ前の冬。ワイマールで撮影したリストの家のピアノ。
こんな難しい曲を、リストは作るだけでなく、弾けたのかしらん。
このピアノでも弾いたのかな。
と写真を見ながら、想像する。
もはや人間技ではない。でも、弾けるピアニスト(フジコヘミングのように)
が存在するということは、人間ならできないことはないということだろう?
それにしても、久しぶりに歯が立たない状態、そのときの気持ちを味わった。
これは屈辱的そして、とても刺激的!
どんな分野でも、ときに歯が立たない相手に出会うことは、
成長のきっかけになるかもしれない。
できることばかりやっているようじゃ、成長がないということ?
弾けなかった言い訳をしてみる。
