いよいよ締め!

2023年も終わりに近づいている。
やらねばならないことがてんこもり。
ひとつづつ片付ける。
その一つが、クリスマス~年末年始に向けて
準備中の配信ライブ。
最終の編集中である。
なんとか着地せねばと。
やると決めたら、最後までやり切る。
その経験をひとつづつ積み重ねる。
人生はほんとうにミルフィーユのようだと
わが曲「人生は観覧車のように」の歌詞を
思い出す。
繊細なパイ生地を重ねるように、毎日の時間を
大切に重ねたい。
もうすぐ告知もできる。
あと一歩、追い込んでいこう。
次々くる課題も、人生のたのしみとして、挑戦する自分に
寄り添っていく。
そんな見方も面白い。

さあ、2023年もいよいよ締めにかかる。心して!

※マーサの配信ライブは間もなくチケット販売開始です。
 本ブログや公式サイトでもご案内いたします。

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愛しのルードヴィッヒ!祝生誕

確か、今日が・・・。急に思い立って調べたら、やっぱりそうだ。
12月16日はわが初恋の人、ベートーベンの誕生日。
1770年生まれ、フランス革命も近い頃。
ドイツのボンのあの家の二階でお生まれになった。

コロナ前の12月に尋ねたのが最後。
ベートーベンの生家とお母さまマリアさんの眠る墓地・・・。
(写真はマリア母の墓地)
今年は、クリスマスマーケットでにぎわっているだろう。

ベートーベンがいなかったら、今の私はいない。

私を現実の世界にとどまらず、広い世界観を示してくれたのは、
間違いなくベートーベンであった。

小学校4年か5年の時、合唱団でピアノソナタ8番のアレンジを歌ったことがある。
三大ピアノソナタの一つ「悲愴」の三楽章。おなじみの曲だ。
このメロディが本当に好きで、好きで。
人生とは悲しいものだと子どもながらに耳で理解した。
あれから50年経った今も、弾くのが大好きなソナタだ。

ベートーベンの誕生日だから、彼がつくった曲を弾きながら
お祝いと感謝を・・・。
そして、ベートーベンを生んでくれたマリアさんにも感謝を。
もっとも、ベートーベンの作った名曲を知らないで
若くして亡くなってしまったマリアさん・・・。
でも、きっと聴こえていることだろう。

悲しい曲のあとは、第九を口ずさむ。それにしてもものすごい大作だ。
なぜ、耳が聞こえないのに、あんな曲ができるのか。
人間の無限の可能性を感じる。

そして、
世界が平和でありますように!
との思いに包まれる。

250年以上の時を経ても、感動はつきない。
偉大過ぎる、初恋の人へ。生誕、ありがとう!
感謝を込めて。

今、ドイツのボンは12月16日21時前。
きっと地元では何かしらのお祝いがされているだろう。

ああ、また行かなくちゃ。ベートーベンに会いに行かなくちゃ。
そんな気持ちがふつふつと湧いてくる朝。

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上から読んでも、下から読んでも。

言葉遊びは楽しい。思えば、子供の頃から「しりとり」など、
言葉を使って、いっぱいコミュニケーションをしてきた。
誰もが、世代を越えて、お金もかからず楽しめる遊び。
言葉は面白い。じっと見ていると気づくこともある。

たとえば、上から読んでも、下から読んでも同じ言葉
というのも、懐かしい感覚だ。

今思えば、なつかしいコマーシャルがあった。
「上から読んでも下から読んでも 山本山ののり」
これは漢字の場合であるが このフレーズですぐに覚えて
しまった記憶がある。

そんなこんなで、久しぶりに40年来のおつきあいの
仲間とメールのやりとり。
今は立派な経営者であり、地元でご活躍の名士である。
「まさこさま。上から読んでも下からよんでも、まさこさま。
さすが、神々さま・・」
とのメッセージ。

忙しい朝にこの茶目っ気ある文面に、思わずひとり笑う。
そうなんだ~。
自分のことであるし、「まさこさま」・・と
ひらがなで書いたことはなかったし、
60年の間、気づかなかった。

上から読んでも下から読んでも、まさこさま。笑

いくつになっても言葉遊びで戯れるいい大人の私たち。
来年は、久しぶりに新潟でディナーショーをやろう
と決断。
ダジャレの好きなこの友が登場する抽選会も企画しよう。
「じゃ、来年まだぼけずにがんばるわ」

彼の名は、まさきさま。
あ、彼も上から読んでも下から読んでも!であった!!


曇天の新潟で今日も元気でいてくれるように、と願う。

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人間について、学ぶ。

メディアに出てくる内外の政治屋を見ていて、人間の本性について
つくづく考えさせられる。
ああ、人間は結局は・・・と思える、決してマネしてはいけないお手本を
たくさん見せてもらっている気がする。

国って何だろう?
権力を持ちたい人のための境界線であり、その境界線を越える、領土を広げる。
それは国民のためではなく、領土拡大した、制覇したと言える自分への勲章のため。
そのために、権力をもたない一般の人たちが被害を被るのである。
このところの一連の世界情勢を見ていると、一部の権力欲の強い自分勝手な
人間によって現在の事態を引き起こしていることに改めて、怒りを覚える。

日本に住むロシア人の友がいる。彼女のご家族は祖国にいる。あの権力旺盛な
リーダーの元・・・。
ひとりの野心、間違った欲求によっていつ国がどうなるのか・・・と。祖国を
離れて住んでいる彼女はいつも、いつも祈っている。
そうするしかないのだと思う。

権力の好きな人。何のため?自分の都合で人を振り回す?

最後は悲惨であるか、どんな状態かはわからないが、ひとりぼっちで
死んでいくだけなのに。
名誉って何?本当に愚かしい。

世界でおきていることを見ながら、すべては人間を学ぶ教材であると
思うことにしたい。
それでは済まないのであるが・・・。

自分のことではなく、人のことを思える人になりたい。
そうでありたい。


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手を振る人を追いかける、冬の海と空。

新潟駅から出ている、「しらゆき」という名の特急。まさしく、これからの季節は白い雪の中も走るのだろう。そんな季節になる前、新潟市と妙高の往復に利用した。飛行機や新幹線ではない在来線の魅力は、流れる風景をしっかり確認できること。
この特急は新潟を南北に走り、馴染みの駅に停車する。駅ごとに、ああ、あの人、この企業さんと次々と浮かぶ顔があり、それだけでも何とも懐かしく、故郷に戻ったような気持ちになる。
日本海沿いを走る柏崎周辺。
冬の空、海はとても色も表情も厳しい。一歩外に出たら、凍えそうだ。
車窓を眺めていたら、空の上で手を振っている人が見えた気がした。
約10年前に交通事故でなくなってしまったMさんと、昨年病気で旅立たれたSさん。
お二人がにこにこして、「せんせーい♪」と手を振っているように見えた。
そうこの写真の近くの場所にSさんは暮らしておられたし、この特急に乗って、
よく私のデぃナーショーに来てくださった。
Mさんも上越からこの特急に乗って同じように来てくださった。

なのでこの特急に乗ったり、最寄り駅に停車したり、この風景に触れると必ず浮かんで
くるのだ。
厳しい日本海の冬を元気にのりきっておられた人たち。

今はどこにおられるのだろうか。
海を見ながら、「しずえさーん」「むーさん」と呼びかけたくなった。

日本海の冬。たまらなく厳しく、さびしい。
都会の年末の喧騒とは全く異なる、こんな師走。

海だけでなく、まるでイギリスの画家ターナーが描いたような芸術的な雲に
おおわれた空。そして今年のミッションを果たした広大な越後平和にも出会う
ことができる。
この特急は冬の新潟の一面を知るには、最高の手段だ。
新潟の冬は奥深く、心にしみわたる。

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要らない仕事。

真面目に日々働いている人。
おかしいなと思いつつも、決められたルールに従って 自らの
義務を果たそうとしている人。
インボイスだ、マイナンバーだと言われたら、その対応を急ぐ。
振り回されるけれど、決まったことだから仕方ないと思って対応する。

いわゆる普通の、一般の人たちはこのように真面目に生きている。
税金も払っている。
それが義務だから。

社会人として生きるために、その義務を果たそうと努力している。
これが普通の人。

一方、代議士とか国会議員とかいう人たちは、全員がそうではないであろうが
一体何をしているのだろうか?怒り、呆れ・・。
今、メディアに毎日大きく顔をさらしている人たちは、
どんな気持ちで、自分の仕事に取り組んでいるだろうか?

税金を使う仕事こそ、国民・県民・市民のために、自分のことは後回しで
生きるべきではないか。
そういう思いがない人は、こういった人のために尽くすべき仕事をやっては
いけない。

普段から利他の心ということを、心がけたいと思っているが、
公共に役立つ仕事をする人こそが、この心をもつべき、もっていて当たり前では
ないだろうか・・・。

今問題になっている、話題の渦中にいる人たちが嘘の誠実を並べ続けていくようで
あれば、代議士という仕事はいらない。

代議士は、単に代理である。民の代わりである。
勘違いしてほしくない。

民の声を集め、社会がみんなにとってより良くなるように法を整え、社会を改善
していく仕事。
民の声を届ける。
みんなの代表者でなければならない。

それなのに・・・。
長い間、ずっと疑念を持ち続けている 政治屋という仕事。
パーティーって?

選んだ側にも責任がある。
しっかり選ぶべき人を見極めよう。

要らない仕事。政治屋。

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お品書きはお客様ごとに

企業のお仕事は本当に面白い。
関わっていけばいくほど、いろんな課題に出会うことが
できるからだ。

寄り添う、伴走する。
こういったことが継続した仕事になるのだということ自体が
本当にありがたい。

私は決まった企画書などを用意して、営業をしたという経験がなく
対話して、課題をお聞きして、それに対して取り組むということから
お付き合いをいただくケースが多い。
小さな実績の積み重ねが信頼関係につながっていく。

何かに対しての取り組みを始めると、次々と新しい課題が生まれる。
それに対しても対応していく…。気が付けば経営者から、幹部から
社員からさまざまな相談をいただいている。
それに対してのちょっとした気づきやアドバイスから、
新たなサービスにつながることも少なくない。

今日は新潟で開催されるセミナーのお手伝い。集客から司会、事後フォローまで。
終わったら、新潟の企業や商工会議所などの皆さんと久しぶりの面談。
そして応援する施設の方との会食・・明日は妙高へ行き地域活性化のため頑張る人達との打ち合わせ、帰りは老舗の小売り店店主との打ち合わせ、飛行機の時間までぎっしり予定を入れた。
毎日同時にいろんなことが進んでいるが、その方と会っている時間はその方専属となり、一緒に課題に取り組む。
だから、お品書きはお客様ごとに違う。

「うちは、これしかありません。」

ではなく、コミュニケーションに関することであれば、一通りは
対応できると思っている。
アナログからデジタルのツールづくりから、社員教育から、経営者の相談係から、イベントから、広報から・・・。

コミュニケーションクリエイターのメニューはお客様ごとに。
やったことがないことでも、やってみればできる。

そうやって歩いてきた四半世紀。この道をさらに、お役に立つように
深め進めたい。

忘れてはいけないのは、利他の心。
お客様に合わせたお品書き。
今日はどんなお客様のどんな課題に応えられるか?
わくわく1日がはじまる。

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似てるらしい人。お久しぶり!

15年以上前だっただろうか。今でも忘れられない出来事。
新潟でのある組織で働く皆さん対象に、発信力・広報力についての
研修を行った。会場には数十名は集まっておられた。
途中で、「何か質問などありませんか?」と、受講生の皆さんに聴いたが
応答がなかったので、こちらから指名してみた。
すると、ある人が、突然、
「あの代議士にそっくり。しゃべり方が・・・」
話された。質問というか、感想というか・・・。
私はすぐ、ピンときた。新潟出身のあの代議士を指しているのだと
思った。
おそらく声が大きく、その人にしてみたら、機関銃のごとく、話して
いたと感じ、その人のことを思い出したのだろう。
当時の私は、若いせいもあったのだろう、かなりそういう話し方だったのだと
思う。
会場からは笑い声も沸いた。
さすが、新潟らしいリアクション。返すことばも難しかったが
「あ、わかりましたよ。それは光栄なこと」とか言ってその場を交わしたが
それ以来、その代議士に勝手に親しみを抱くようになった。

あの大きな声、はきはきとした話し方、潔い。
新潟の女性は本当にしっかりしているが、その典型。
地元の皆さんは、この方のお父様を尊敬されている。学歴関係なくあの地位まで
のぼりつめた。まさに、たたきあげ。人はやれば何でもできるのだと、思わせて
くれた人かもしれない。
この人のおかげで、新潟に素晴らしい高速道路ができたと・・・。
最後は残念なことになったが、あの生き様には興味があり、
この元総理大臣は、会ってみたかった人のひとりだ。

さて、その方の娘さんは、もう議員を卒業され、最近メディアでも新潟のホテルでも
新幹線でも見かけることがなかった。どうされているのかな~とだらしない
日々の政治家の様子を見るたびに、思いだしていた。

すると、つい2日前?久しぶりにメディアに登場され、話題になっていた。
話している様子を見て、思わず笑みが浮かんだ。
相変わらずだ。元気だ。もうすぐ80歳だというが、まったく衰えていない!

真紀子節全開。
なんだかとても懐かしくなり、あのとき、研修の受講者に似ていると
言われたことは、改めて勲章だ!と思った次第。

説得力のある言葉。
政治家は言葉がすべてだ。見習ってはいかが?

そう思っている人も少なくないだろう。
どうぞ、これからも世間を騒がせ、日本を元気にしてほしい。
それにひきかえ・・・である。

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観覧車、ただいま二周目に。

人生は観覧車のように回る。
そう言い続けて、そう思って生きてきた25年間。

親しい人が
「還暦は暦が一巡したということ。だから、ここからまた新しく
生きていきましょう」と教えてくれた。
還暦とは、そういうことか。確かに。
ということは、人生の観覧車は60年でひとまわり
したことになる・・といえる。
そうか、ここまでで一巡か。

では、ここから新しく二周目である。
間違っても120歳にはいかないと思うが、
とにかく、ここから新しく生き始めればいいのだ。

そうすることで、余計なことに縛られず、自由にのびのび
いきいきと始められるのではないか。

と、25年前に考えたグラン・ルーの発想は、今のこの
自分にもとてもマッチしている。
観覧車。という発想に出会えて本当によかった。

25年前に作ったロゴマークを見ながら、これはこれから先も
錆びつくことなく、元気にくるくる回るだろう。
笑顔でくるくる回りたい。

ということで、二周目に入ったわが人生の観覧車。
これから見える新たな世界も、楽しみだ。

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永遠のプリンセスまさこにエール!

誕生日に1本が赤いバラをお届けいただいた。
紫が私のイメージカラーではあるけれど、やっぱり赤が似合う!と
のことで、赤いバラを・・。1本を1年分と数えてください。との
メッセージもいただき、10年の重みを感じた。
この花の送り主は新潟出身の雅子さん。
「まさこ」つながりで、ご縁を感じている。
ブーケをいただいてから、このバラに「プリンセスまさこ」と命名し
楽しんでいる。本当にそういう名前のバラも存在しているようで、
以前、京都や名古屋の植物園でみつけたことがある。

さて、本日は皇后雅子さまの誕生日。
そう、同い年で、同じ星座。6日しか生誕日が違わないのに、
こんなに人生違うものだと、いつも応援しながらそう思っている。
同い年、同じ星座、同じMASAKOだから、自分も雅子さまのように
気品と自愛に満ちた人間にならねばといつも思っている。
勝手に親友であり、尊敬の対象であり、応援したいプリンセスだ。
雅子さまも還暦。そしてご成婚から30年・・・。
私も相方と出会って30年。・・・と。形は全く違えど、
いろんな意味で、やはり縁を感じている。

日本で輝くMASAKOさま(たち)に、心からエールを。
ともに、末永く、美しく、輝き続けたい。祝プリンセス雅子!

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