ひとりの人を知る。ということは、簡単なことではない。
見た目や表層的な会話だけでは、本当はわからない。
いい人に見える、気が合いそう。好感をもてるかどうかは
第一印象やその後の会話がまずは決め手。
そこで不協和音を感じるようであると、そのあと理解が
進まない。
第一印象がよければ、さらにコミュニケーションが進む。
第一印象が良くない、なぜ、そんな態度をとるのだろう?
なぜ、そんな風に周囲に誤解されるような言動なんだろう?
気になると、なぜなのか?を知りたくなる。
自分から見ると決してそうでもないのに、
第一印象が良くない、誤解されやすい。
そのままでは、もったいないと思うから、何とかできないか
と思ってしまうのだ。
無駄口を吐かず、ただ真面目に仕事をする、自分にも厳しく、
周囲にも厳しい人がいる。人の評価は気にしない。
その厳しさはどこから来るのだろう。
それは、その人の生い立ち。そしてそこから培われた人生観
から来ていることを、じっくり対話してわかってきた。
バックグラウンド。その人が生まれた環境、背景。
それはその人の人格形成や精神力に大きな影響を与える。
そして、バックボーン。
その人の背骨。生きていくなかで基本的な考え方が育つ。
自分はこうやって生きる。生きるしかない。
この背骨がしっかりしていると、人はそのように生きる。
背骨がある人とない人の違いは、行動に現れる。
その自分にも人にも厳しい人は、「人は一人でも生きて
いられるようになっておかないと。誰も助けてくれないから」
と、言う。
自立の必要性をとても強く感じているのだ。
だから、つい部下への指導も厳しくなってしまう。
それは、自立してほしいが故のその人なりの思いやりでもあるのだ。
話をよく聞くと、なぜその人が厳しいのかがわかってくる。
じっくり話せば、ひとりの人の「人となり」が見えてくる。
その人のバックグラウンド、バックボーン。
話を聞きながら、その人の、家族の人生がうまく幸せで
あるようにと心から思った。
人は生かされている。
だから、その人のためにがんばらねばと思う思いから
パワーが生まれる。
バックグラウンド、バックボーン。
ふと、自分に当てはめる。
なぜ、自分がこう生きているかの理由がそこにある。
きっと誰しもがそうだろうと思う。
それぞれの基点を大切に、そしてそれがより良い方向へ
発展できるように、努力したいと思う。
バックボーンとバックグラウンド。
勇気づけられる言葉のギフト。
これからの世の中に対して、一体どのように向き合うべきかと
考えていたら、こんな言葉をいただいた。
「世界は混沌として、政治がどれだけ愚かでも、
ひとりひとりの個人の素晴らしさを繋いでいけたら、希望はありますね。
わたしは、先が見えないときには歴史や、先人の言葉に尋ねることにしています。
アレクシェーヴィッチのようにして。」
これを読んで、心の中のもやがすっきり晴れた感じがした。
そうだ、ひとり一人に目を向けたらいい。
がんばっている人、人のために生きようとしている人。
利他の心で生きることを喜びとしている人。
自分のため。ではなく、周囲にとって善良なことを考え、
頑張り続けている人。
無名な人でも、素敵な人はたくさんいる。
そこに目を向け、自分もそうなれるように努力するのみ。
そして先人に学ぶ。
確かにそうだ。
ベートーベンからピアソラにいたるまで、人々に感動を
与え続けた音楽界の先人たち。
そして、それ以外にも学びたい人は多くいる。
目先のことにとらわれない、惑わされないように。
どんな時でも、心の声を聴いてくれる人がいる。
励ましてくれる人がいる。
こういう人がいるから、私もがんばれると思う。
共感しあい、共鳴し合い、みんなで良くなる。
個がしっかりしないと、社会は壊れる。
個の責任は、今改めて、重大だ。
ひとりひとりを大切に。
そして、今の瞬間を大切に。
そんな思いを大切に、
今日の仕事をしっかり、成し遂げよう。
年のはじめのご挨拶。
年賀状が年々減っている。
郵便料金の値上げもあり、ネット社会もあり、高齢化社会もあり・・・。
さまざまな要因から、とくに今年は受け取る数が減っているし、自分も
いただいた方へのお返事という受け身な対応になっている。
これでいいとは思っていないが、
時間的なゆとりという点からも、後追いになってしまっている。
そんななか、大変勝手ながら、
毎年来るはずの年賀状が届かない人からの連絡がないと、心配になる。
そうか、安否確認という意味において、年賀状は大変重要なのだ。
ということにも気づかされる。
便りがないと、心配になる。
そんなわけで、気になる方に、メールや電話をしてみる。
ショートメールが使えそうな方には、メッセージを入れてみる。
電話をして 相手が出てくれて、元気な声で話してくれて、
自分を認識してくれて、会話が成立したら、安心。
電話が使えなくなっているという、まさに音信不通になっている
辞退には遭遇したくないが、そういうケースもある。
年はじめのコミュニケーション。
年賀状とは、「元気にやっていますよ!」というサインなのだ。
そういう意味では、相手によっては、ハガキ1枚でご挨拶を
しておくことは大切なのだ。
二度と年賀状をいただけなくなってしまった方たちの
ハガキは捨てずに保管してある。
ハガキから、いろんな思い出が蘇る。
年賀状とは、そういうものでもある。
改めて大切にせねば。
そして、気になる人には連絡をしておこう。
気が付けば、気になる人がたくさん・・・。
逆戻りする世界は描かない
誕生日に久しぶりのニューヨークに行く予定をキャンセルしてから、
アメリカは変わった。予想通り、予想以上に。
時計の振り子がぐるぐる逆回転している感じがして、
とくに昨日は、ニュースを見るのをやめた。
それでも現実を見なければと思い、もう一度見ようと思ったが
すぐ視界から消した。
見なくていい。見ない方がいい。
以前、日本でもそういう時があったが。
自国のことしか見ない権力者と、そのパフォーマンスに沸く
熱狂ぶりを異様と感じてしまった。
そして、怖いとも思った。
移民、難民と言われる人たちのことも思った。
SDGsのゆくえも・・・。
誰ひとり取り残されることのない世の中を・・・なんて言って
未来を描き進んできた、共生の世界は、とても遠くに見えて
しまった。
世界規模で一緒に地球を守ろうと言っている運動は
皆が参加しないと、意味がない。
「常識の革命」という言葉を聴いたが?理解が難しい。
常識が変わる。常識を変える。
どっちに向かって?
利己的な常識に変わっていくのであれば、それは一部の
人にとっての常識でしかないが・・。
それが本当に世界に通用するのだろうか?
アメリカが好きだったのは、自由な国だから。
多様性を認め、夢を求め、世界中から人々が集まって
きたから。
その移民の力でアメリカは成長を遂げたはず。
経済だけでなく、文化も、コミュニケーションも、
今は成長しすぎたコミュニケーションの力で
向かう方向は怪しくなっている。
とますます、不安に思う。
頭の中には、大好きなグランドセントラル駅の
時計は、ぐるぐる逆回りしている絵が浮かんでくる。
歓迎をしている人もいる一方、怒りと不安で
爆発する人たちも出てくるのではないか。
世界はさらに分断の方向へ進むだろう。
歴史は繰り返す、歴史は逆戻りする。
ではいけない。
非常に表現が難しいが、
遠い、大好きだったアメリカの正しい未来を
信じたい。
そのときに、憧れをもつ喜びを与えてくれた
NYに再び足を運びたい。
真の豊かさとは何か。
そんなことを思いながら、ブレずに生きていかねばと
気を引き締めている。
不吉な予感が消えないまま。
世界を見続け、自分の立ち位置、立ち方、進み方を
しっかり見極めよう。
世界は自分に無縁ではない。
世界をつくるのは、ひとり一人なのだから。
家と個のはざまで。
選択的夫婦別姓という社会的な「問題」。
選択的であるか、どうかは別として、この苗字の問題は、
子どもの頃から疑問に思い続けてきたこと。
「今尾家」という言葉を何度も聞かされ、そのこだわりに
ついても理解できないまま、周囲に抗いながら生きてきた。
個の尊重以上に、家の存続が重視されてきた時代。
もう半世紀以上、人生の半分以上、このことについて
首を傾げ続けた。
世の中変わったというけれど、変わっていないなと
思い、であれば、自分が変わるしかないと思ってきた。
自分が変わるというか、変わった自分のまま生きるという
選択だ。
急にこの制度の見直しがなされつつある。
選挙のための改正かとも見えてしまうが・・・。
人生折返しを過ぎた今、制度が変わっても、今さら
今の生き方を変える気はない。
姓の問題以上に、結婚とは?家とは?
世のなかの価値と自分の考えとは、合わないところが
多い。
ではあるが、合わないでも生きてきたから、このまま
自分らしさ(個)をとって、生き続ければよい。
苗字は名前の一部。自分のアイデンティティ。
昨今の別姓問題を取り上げるニュースに半分耳を傾けつつ、
親たちが眠る墓のことを思い浮かべる。
○○家の墓と彫ってある墓石もあるが、親たちが建立した
のは、南無阿弥陀仏の念仏。
今尾家の墓となっていたら、これまた悩みが増えただろう。
いずれにせよ、
日本では、家は社会を支える、いろんな意味で大切な単位。
その中に組み込まれて、黙って、耐えて、首をかしげながらも
生きるのか?
もちろん、単位の中で生きる方が楽という人
もいるから、それこそ、人それぞれ。
自分がいいと思う方法を選べればそれでいい。
それだけの話なのに、なぜこんなに時間がかかるのだろう。
そういう意味では社会をあきらめている。
自分で自分の道を切り開く。
どこまで、それが通用するかはわからないが、
どこまでも個を大切に、自分らしく生きられる社会を
目指したい。
生きるのは難しい。改めて。
無期限平和はなし、の思いを。
穏やかな日曜。お正月、成人式と新春イベントを終えたら、
今度はバレンタインだそうだ。
毎年恒例のこのチョコレートの祭典は、本来のバレンタイン
の意味を越えて、今や自分へのご褒美の祭典となっている。
日本は本当に幸せ、そして平和。
そりゃ、インバウンド客から見たら日本は楽園だろう。
と一見、その賑わいの光景を眺めながら、
わが国は、平和ボケだと感じる。
その中にどっぷりつかってしまうことへの疑問も生まれる。
いつまでも、こんな楽しい暮らしが続くのだろうか?
世界では、悲しいかな、私たちが楽しい時間を過ごしている
ときに、東ヨーロッパはじめ世界各地で悲しい戦争が続いている。
多くの人々が戦争に駆り出され、一般の人や子どもたちまで
惨い状態になっている。血だらけの映像は別世界ではない。
同じ世界の出来事だ。
平和はただ、あるのではない。
一生懸命にそれを維持しようしてきた人たちの努力の結果だ。
戦争はいけない。核は絶対にいけない。
苦しい経験をしてきた人たちの声と、運動の積み重ねによって、
今の日本はある。
最近、戦争と人間について考える。
今年は、終戦から80年という節目でもあるが、そんなことを何も
感じない若い人も増えている。これからさらにそうなっていくだろう。
戦争の恐ろしさを改めて学び、平和は意識し、努力しなければ
意地できないことを認識し、日々生きることが必要だ。
戦争は起きてからでは遅い。起きないようにどうするか?
おかしな方向に世界が向かってはいかないか、を見つめ続け、
正しい判断や選択ができる人間でいなければ。
有事なんか要らない。日々無事でありたい。
平和は永遠ではない。与えられるものではない。
と、週末に聴講している講座を思い起こし、平和のために、自ら
発信を続けているジャーナリストたちのことを思う。
そして、平和と愛。
そんなことにも、心傾けたい。
今年のバレンタインは、そんなことに心を寄せる時間にしたい。
長崎の仲間が今、せっせと発信してくださっている。
長崎でのバレンタイン。いい時間にしたい。
中島源太 | コミュニケーションクリエイターとして音楽で伝えるを活動されているマーサこと、今尾昌子さんが来年の2月14日に、旧香港上海銀行記念館にて、「愛と平和を願うバレンタインコンサート」を開催されます🎹… | Instagram
暗闇に慣れる力。
先日も投稿したが、先日真っ暗闇のなかでの、長良川の鵜飼経験なるものを
体験し、暗やみでモノを感じることを楽しみながら、五感でモノ・コトを
味わうことについても学んだ。
ただ、それはイベントであったため、限られた時間での世界。
アイマスクを外し、日常の世界に戻れば、見えることが当たり前である。
しかし、これは当たり前ではない。
ある日、視力を失うこともあるかもしれない。
その意識をもつことも大切だ。
話は変わるが、ゆうべ、突然、停電になった。
パソコンのモニター以外、部屋中のすべての電気が止まった。
モニターの灯りがあったので、まだよかったが、あたりは真っ暗闇になった。
そのとき、時が止まり、体も固まった。
何が起きた?停電?へ?どうしよう?
幸いにしてノートパソコンであったため、それをもって、スマホを探した。
その時に限って、手元に置いていなかった。どこにいったんだろう?
しかし、真っ暗闇での動きは不安であり、すいすい動けない。
こういうこともあるんだ。しかも、予告もなく、突然に・・・。
心を落ち着けて、暗やみでしばらくじっとした。
そのうち、元に戻る、きっと戻る、戻ってほしい。
そうこうしていたら、ありがたいことに再び、部屋が明るくなった。
ああ、よかった~。どれほどにうれしかったことか。
わずか数分のことであったが、この瞬間停電という経験は初めて
であった。調べてみると、時々あることのようだ。
改めて、自分は、闇に慣れていないと思った。
闇では、何もできない。
いざというとき、外的な要因で闇になった場合、
自分の身体的な理由で見えなくなった場合・・・。
闇とのつきあいは、無縁ではない。
ということを改めて学ぶ。
光と闇。
改めて、闇でも生きられるようにしておかねば。
闇の中で、光をみつけられるように。
今年は「闇」の世界との付き合い方も、意識していきたいと
改めて。
と言いつつ、今朝も明るいところで、この原稿が書ける
ことがありがたい。
見えること、光があることは、贅沢な幸せだ。
節目と悲しみと。
昨日の阪神淡路大震災で、亡くした家族のことや
友人のことを思い出し、改めてその悲しみを新た
にされた方も多いだろうと想像する。
地震発生時間の黙とう。暗やみのなかの静寂では、思わず
涙があふれてしまった。
この日がくると思い出す、改めて思い出す。
というのは、何とも言えない気持ちだろう。
悲しみに節目はないんです。
と、ある方がインタビューに応えておられ、
そのとおりだと思った。
何年の節目とか、何年経過したとか、何回忌である
とか、客観的にはわかりやすいのだけれど、
それがあってもなくても、人は戻ってこない、帰って
こないという現実は、残された者にはずっとずっと
つらく悲しいままだ。
もう会えないのに、もう一度会いたい。
そう思うと、悲しくなるからと封印しながら
がんばって生きてきた歳月。
そんななかの節目の日は、その封印された
感情がこぼれて来る日でもある。
生きていれば、もし、地震さえなければ・・・。
もし、コロナがなければ・・・。
もう戻らない時間を戻したくなる節目の時。
会えないけれど、やっぱり会いたい。
その気持ちを持ちながら、現実を生きることは
パワーが要るけれど、
会えなくても生きてきた時間をふりかえり、
あなたの分までがんばってきたよ、生きてきたよ。
と、会いたい人に報告をする日。
そして、これからもがんばるから見ていてね。
と会いたい人に伝える日。
歳月は人を強くするのだと思う。
悲しみは消えないけれど、それを持ちながら
笑ったり、楽しんだりもできるのが人間。
悲しみに節目はない。
大切な人を思い、感謝をする日。
悲しみは、人を強くする。
そんなことを改めて思った1.17。

ニアミス ラッキーは永遠ではない。
30年前の朝のことを、今朝もはっきりと思い出す。
初めて訪ねた出張先 クアラルンプールのホテルにいた。
流れるテレビのニュースに、どこかで見た高速道路が
折れている様子に、瞬間頭がフリーズした。
「へ?あれ、どこです?へ?日本?阪神高速?何?」
同行していた一行も、
「神戸で地震らしい、えらいことになった。
帰れるか?」
私は、まさかの光景を見て、瞬間何が起きたかわからなかった。
日本で?神戸で?
生まれて初めて知った、大地震。
飛行機はなんとか予定どおり、関空まで飛んできたが、
その後、国内のアクセスがえらいことになっていた。
空港から京都に帰ろうとした上司たちは足止めを
くらい、自分は当時東京に住んでいたが、なんとか
羽田行の飛行機は飛んでいたので、無事に帰宅できた。
自宅に戻り、テレビをつけて、神戸の町の惨状を
知り、こんなことが起きるのかと、目を疑った。
さっき、そんな大変な状況が起きているなか、
自分は移動してきたのか・・・。良く帰れたな・・。
それにしても・・・。複雑な気持ちであった。
昨年秋に神戸の町を訪ねた際、商店街も道路もきれいになり、
人びとが生き生き行き交っている。
町が再建された様子を見ながら、地元の皆さんの長年の
ご努力に頭が下がった。
もう30年になるんだ・・・。
これまでニアミスの繰り返しで、なんとか無事に
切り抜けてきたわが人生であるが、
いつまでそんなラッキーが続くかはわからない。
そんなにうまくいくとは限らない。
30年の間に日本人は多くの経験をした。そこから学んだこと
も多い。
まもなく発生の時刻になる。
神戸の皆さんと一緒に祈りたい。
どうぞ、今日1日が無事でありますように。
ありがたい。という言葉の意味をかみしめながら・・・。
空の観客も歓ぶ、新春コンサート
地元のデイサービス施設で、新春コンサートを行った後の写真。
「ブログに載るよ!」と声をかけていただき、利用者さんたちと
の記念撮影。
この中に母の親友がおられる。97歳。
演奏の前に、年賀状を受け取った。なんと、私と母に宛てたもの。
「お母さん、喜んでみえるわ。」と何度も何度も言われていたのも印象的。
この方の心には、仲良かった母との思い出が永遠に刻まれている。
私の顔を見ると、母を思い出すのだそう。
演奏中もずっと思い出しておられるようであった。
また、認知症の方もおられるので、コンサートでの体験、感動を
今日になれば忘れることもあるが、それはそれでいいと思いながら
その瞬間にすべてをかけて演奏する。その心、まさに「魂」が
聴いている皆さんに伝わり、生きる力になると信じている。
瞬間を大切にすることを教えていただいているのは、こういった
活動なのだ。
中には「お母さん、元気?最近会ってないね」と何度も声をかけて
下さる方もおられる。母はその方の中では、今も健在なのだ。
それでいい。
地元の施設で演奏する時は、両親も一緒に席に座って
いるように感じる。空からの観客。
おかげさまの新春コンサート。
マイクなし、ピアノなしであっても、伝わる。
「また、来て下さいね。待ってます」
待ってくださる方がいる人生。なんという幸せものだ。
1月15日。実は、お世話になった新潟の方が、交通事故で突然旅立って
しまった日でもあり・・・その人も生きていたら・・と思う1日でもあった。
人生ははかない。いつ別れが訪れるかわからないと、改めて・・・。
生きている今。できることを精一杯。
そして、お世話になったすべての人を決して忘れない。
この場を提供いただいたことに感謝して。
いつも、いつもちゃんと素敵な演出、しつらえが嬉しい。
みなさまの一年の「今の幸せ」を、心から祈っている。


