今を感謝する1日に。

今日は77回目の終戦記念日。
戦争を体験した人たちの高齢化がさらに進み、戦没者も増える・・・。
若い人にとって、この日はどう見えているのだろう?
自分が若かった時代とは、受け止め方が少し変わってきているのかも
しれない。77年も経つとまったく実感がないのではないかとも思える。
でも、お爺さんおばあさんの幼少の時代であるから、意識があれば、
努力すれば、かろうじて理解はできるのかもしれない。

1945年までの、77年間、日本は戦争の時代だった。
いくつもの戦争を繰り返し、明治以降の日本は大国と戦争をする
国であった時代。
その時代は緊張感に包まれた、ある意味力強く、人生の価値観も
今とは違っていたことだろう。
戦争で、ときに人は狂乱する。狂気が常識になってしまうことを
日本も経験してきた。戦争とはそういう恐ろしい存在だ。

そして、その終戦から77年、日本は平和の時代を進んだ。
自分たちは、戦争を知らずに、しかも敗戦から立ち上がりつつある、
高度経済成長の下に育ち、随分と恵まれた環境で育ててもらった
と改めて思う。
自分が知る「昭和」が懐かしいのは、日本が平和な社会のなかで、
生まれ変わろうと努力していた、国民が勤勉に働いた。
独特ではあるが、光が見える、夢がもてる時代だったからかもしれない。

そして、時代は変わった。
平成から令和へ。
平和のまま、ここまでやってこられた。
でも、世界を見れば、平和ではない。
今日も戦争が行われている。
理由もなく、惨い殺戮があり、叫びあり、別れあり、涙あり・・・。
難民が増え続けて、これから先も見えない状況・・・。
なぜ一般の人々がこんな目にあうのだろう・・・。
これは、他人事ではない。

戦争がない世界になるために、今、自分たちができることは?
それを、改めて問いたい朝だ。
そして、
今日と言う日を平和に迎えることができることに心から
感謝したい。そういう1日でもある。

朝に目覚め、普段どおりの生活をはじめることができる。
今日は何をしようか。と自分の意志で生きることができる。
淹れたてのコーヒーをいただけるなんて、まさに平和の象徴。
当たり前の暮らしができること。
ありがたい以外に、何もない。
そのことを、今日1日かみしめたい。

日本が戦争に二度と巻き込まれず、
そして世界平和に貢献できる存在になれるように。
心から祈りを捧げたい。

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ニューオーリンズを届ける人。

いろんなアーチストとの出会い、交流が自分の内面を支えてくれている。
そんなことを実感する。
世界中が影響を受けたこのパンデミックの中でも、柔軟な発想で自分の
世界を切り開くことができるアーチストたちは、その想像力を鈍らせることなく
大きく、豊かに自分の表現を表現している。
行けないから、会えないからこそ、こめこまやかな情報発信はとても重要だ。

とくに最近、刺激をよく受けるアーチストのひとりは、ニューオーリンズ在住の
デザイナーALEXA。どこかの会社のロボットと同じ名前?であるが、
十数年前だったか、NYのギフトショーで会ってからのつながり。
それは細い糸であるが、赤い糸だと思っている。
コロナになって、どこにも行けなくなってから、彼女からのメールマガジンを
しっかり見るようになった。
何時でも行ける、会える時よりも、会えない今の方が、届くj情報を大切にしたいと
思うのだ。まるでギフトをもらったかのように。

ニューオーリンズを襲ったハリケーン後のやり取りも含め、そして、彼女が
いてくれたおかげでジャズのメッカであるこの町を訪ねることもできた。
そんな彼女のことを、今は時々送られてくるメルマガやサイトを見ながら、
懐かしみながらその仕事ぶり、生きっぷりを含め、多くの刺激をいただいているのだ。

ほんとうにアクティブで、どんどん活動の幅を広げている。
世界的に有名なブランドのロゴやデザイン作成も担当している。
日本でも彼女の商品が取り扱われていたが、今はどうだろうか。私もその昔、
一時、銀座のショップで扱う手伝いをしたが、まるで昨日のことのようだ。
はじめてNYのショーで見た、彼女の作品たちが、がきらきら輝いていたのだ。
あれから十数年。

今回送られてきたサイトには、なんと彼女がすすめる、ご当地ニューオーリンズに
ついての観光情報が詳しく書かれている。
ひとりのアーチストが観光大使であり、町おこしの発起人のような
活躍ぶりであることに頭が下がる。

現地に行けなくてもニューオリンズの現在が浮かび上がってくる。
アレクサはニューオーリンズをこよなく愛し、そこでいつも輝いている。


イタリア生まれの彼女。最初は英語に苦労したという。
映画を見てれば言葉は覚えるよ。と教えてくれた。
彼女の娘さんに弾いてあげたピアノで、お嬢ちゃんは家の中で踊りまくって
いた。
サイトを見ているだけで、いろんなことを思い出し、
パワーをチャージさせてもらう。

人生を楽しくなるように、がんばっている彼女からの
エールを受けて・・・
https://alexapulitzer.com/

案内してくれた、老舗ジャズホールにまた行きたい。
ジャジーに生きるイタリアンレディー。
ステキとしかいいようがない。

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丁寧に説明するって?

最近、よく「丁寧に説明」という言葉を聞く。

一見、耳当たり?耳障り?が良さそうな言葉だ。
ソフトな印象だ。
人に何かを伝えるとき、丁寧に説明することは、
コミュニケーションの基本。
その丁寧にというのは、やさしい言葉でもって、
わかりやすくという意味だろうか?
そこは確かに大切である。

でも、伝え方の問題ではなく、内容が問題な場合は
もっと考える必要があると思う。

内容自体が分かりづらい、理解が難しい、
見方によっては、違和感を感じたりすることなど・・
について、表現だけその結果だけを「丁寧に説明」をされても、
それは伝わらない。
表現、説明の仕方以前に、内容自体を疑問に思われているからだ。

そういった場合には、内容について、もっと議論をするべきだ。
一方的に結論を出す前に、
その前に相手の話を聞くべきだ。
対話をすべきだ。そして、よりよい結果になるように
導くのが信頼への鍵だと思う。

内容が理解されていないのに、伝え方だけ丁寧にされたとしても、
それは余計に不信感が募る。
言い訳をしたいだけなのかなとも思えてくる。

今の社会は、前を見たコミュニケーションが足りない気がする。

民主主義って、言い換えればしっかりコミュニケーションしよう。
ということではないだろうか?

丁寧に伝え、伝わること。期待したいし、
自分自身の身の回りでも、大切にしたいことだ。



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真夏の「ひと粒」コミュニケーション。

ちょっとしたことがきっかけで、お互いに笑顔が生まれる。
そんなコミュニケーションがいいな!と常々思っている。

企業などへ訪問するときは、相手に合わせて、キャンディーなど小道具をよく持参する。
大阪のおばちゃんでもないし、また飴でなくてもなんでもいいが、
ちょっとあいさつ代わりに、あるいは会話のふとした隙間に、
「どうぞ」と言って渡すだけで、思わず相手に笑みがこぼれることがある。
そこから会話が弾むことも多い。

ちなみに、名古屋の名産であれば今のところ、「ミニしるこサンド」が、
重宝している。
「あ!それって・・・」
と会話が始まる。
本当に、ちょっとの気持ちのことで距離感が変わる。
どうしたら、相手が喜ぶか、場を和ませるかは
いつも考える。そのうちの一手が「ひと粒コミュニケーション」。

この作戦の隠し玉は、わが家の冷凍庫に常備してある。
東京暮らしのときから、真夏の宅配の配達時などに役立った。
そして、今も・・・。
先日、重い荷物の到着を日時指定していたにも関わらず、タッチの差で受け取れず
持ち帰られた。申し訳ないと思いながら再配達をしていただいた。
「今日はいるんだろうな~」ときっと、そう思いながら台車を押してのご到着。
汗をかきかき、インターフォン越しに見えた宅配のお兄さんに、
あやまらなくちゃ!と思った。
そして、すぐに玄関前まで来てくださった。

「すみませんね~。今回は本当に申し訳なかったです。
これ、ほんの気持ちです・・」
と、冷凍庫からとってきた一口アイスの袋を手渡した。
すると、手ぬぐいで汗をふきながら
「え!いいんすか?ありがとうございますっ」
と笑顔で受け取って戻られた。

ほんとうに暑い日の宅配は大変だ。一粒では本当は申し訳ないのだけれど、
まあ、ほんの気持ち・・。

たったひと粒で、お互いが気持ちいいコミュニケーションができる。
何事も、ひと粒の想いをもって、感謝を伝えていきたい。

酷暑、本当に再配達には気を付けよう。と猛省!!
ドライバーさん、
お盆休みも関係なく、本当に本当にお疲れ様です。
ありがとうございます!!

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最後の被爆地に。の祈りに心寄せ。

なぜ、よりによって、こんな暑い季節に原爆が落とされたのだろう。
当事者にとっては暑いも寒いも関係なかっただろうが、
今年はとくに、そんなことを思ったこの1週間。

そのじりじりと暑い真夏。
今年も広島、長崎で祈りの式典が開催され、それに
関連する行事も執り行われた。
ウクライナの現実を前に、絶対に戦争を起こしては
ならない、核は使用してはならない・・。
世界中のまともな人たちは、そのことを改めて強く
思っていることだと思う。

いつも、長崎の人たちが、
「ここを最後の被爆地に」と言われることが
ほんとうに心に沁みる。
自分たちが体験した悲劇、苦労、悲しみを誰にも
味わってほしくないのだ。
という気持ち。
このことをずっと伝え続けなければならないのだ。


被爆者を代表して内外で生涯活動をされておられ
昨年亡くなられた、広島の坪井直さんがいつも
「ネバー ギブアップ!」
と力強く訴えておられた様子がよみがえる。

盆休みがはじまる。
そして、今年も終戦記念日を迎えることになる。

広島、長崎そして、終戦。
この一連の流れを今一度。そして
そこからの77年間の、現地の皆様たちの
ご苦労を忘れず、他人事ではなく、
自分がその身だったら・・・
明日は我が身・・と思って、
現実と明日をみつめていきたい。

バカンスが始まったけれど、
私には、実は、楽しさよりも哀しみの感情が高まる。

祈り続ける人々や、地道に活動を続ける人のことを
思えば、
現地の皆さん、先代の皆さんのご苦労、悲しい経験が
あってこそ、今の平和があることを忘れずにいたい。

心して、この1週間を、できる限り静かに
過ごしたい。


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広島生まれ、世界のデザイナーに感謝の祈り。

特に好きなデザイナーはと聞かれたらすぐ答えることができる。
川久保玲、山本耀司、そして三宅一生。
学生時代から、ずっと憧れ、大人になり・・・今も愛用している。
バイトでためたお金でセールに出かけ求めたコート、ジャケット・・・。
初めて、自分で働いたお金で買った歓び、変身したような気分・・。
あの時の感動は、今も忘れない。
いいものは高いが、長く使える。

洋服そのものも素晴らしいが、デザイナーの豊かで自由な創造性、
美的感覚・・・、仕事に向かう姿勢、生き様がカッコイイと思った。
ほんとうに刺激を受けた。
なかでも、イッセイミヤケは、社会人になって、とくに独立してから、
仕事をする服として、好んで着用するようになった。
見た目ももちろん重要であるが、機能美という点で、卓越した発想力が
素晴らしかった。
出張の多い日々を支えてもらった。
衣類の軽量化、洗濯の簡便性、速乾性など、現代人のライフスタイルに合致した
洋服を開発し続けたのが、イッセイ。
まさにファッションを文化にまでおしあげた功労者のひとりだといえる。
パリやNYで、イッセイの売り場をみつけると、とても誇らしい気持ちになった
そんな記憶も、昨日のことのようだ。
(海外では国内よりも、かなり高値で販売されていた・・)

世界に名を馳せたイッセイブランド。
インバウンド全盛時代には、品切れ続出の商品もあったが、
コロナで観光客が激減、閉店する店舗もあり、かなり影響を受けているのだと
心配していた。

そんな折、近年、都内に文化発信の拠点を作られたことを知り、安堵した。
(先日ここでも書いたが、)クリストの凱旋門を包むアート展を見学し、
イッセイの世界的な文化支援という活躍について、世界のイッセイ!の存在を
わがことのように誇りに思った。
コロナ禍であっても、発信をとめないその気概に、らしさを感じた。
そして、お元気なのかな?と気にはなっていた・・・。


そんなイッセイさんが原爆記念日の前日、8月5日に亡くなっていたことを知り、
衝撃を受けた。
広島出身の三宅さん、どんな思いで・・・。
ニュースで知ったとき、なぜかしら、しばらく涙が止まらなかった。

いつも、演奏の場面では、イッセイの洋服を、
講演のときもイッセイの洋服を・・・。
出張のときも、ちょっと改まった席でも・・。
気が付けば、イッセイワールドに包まれて生きてきた。
きっと、そんな方も多いことだろう。

私のドタバタ人生は、イッセイの洋服とともにあった。

イッセイ ミヤケ。
本当にお世話になった。
この四半世紀の間に撮った写真を見ると、どれだけ身近な存在であったか。

「これが一番。なんといっても、軽いからね~。私ら年寄りにはこれがいい」
毎日、着用されていた先輩のクリエイターがそんな風に絶賛されていたのを
思い出す。
かっこよい、しかも使いやすい。これは活動する女性たちにとって
ありがたいツールだったのだと思う。
と、そんなことも今回思い出した。

これからは、感謝を込めて もっと大切に使わせていただこうと
思う。
世界の女性に、男性に着る快適美、感動を与えた人。
長くこのブランドが、これからも創業の理念を受け継ぎ、
永久に、世界の人々に愛され、生き続けることを心から祈っている。 

それにしても、悲しみが続く、2022年夏・・・。
大好きな人、尊敬する人たちの旅立ちを感謝の気持ちで
見送りながら・・・。




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花のある、笑顔の人でした。

京都で仕事をしていてよかったな~。と、20代のときそんな風に
思った仕事のひとつ。それが市田ひろみ先生にお会いできたとき。
今と同じ場所にあるホテルの隣の美容室へお邪魔したとき、
先生は、テレビのコマーシャルで見るように、ほんとうに気さくで
笑顔の素敵な人だった。
取材のあと、写真撮影のときに、「こっちから撮って」と、ご指定の
向きがあったことを思い出す。
自分がどの向きで写ったら一番きれいかをよくわかっておられた。
さすが女優さんだ。

その後も先生の民族衣装のコレクションに興味があって、大阪や
京都での展覧会には何度か足を運んだ。
一度、お手紙をいただいたこともあったと思う。こんな小娘にまで・・。
何事もきちんとされている腰の低いお方だと、その姿勢に頭が
下がったことを思い出す。

その後、あのお茶のコマーシャルに登場されて、なんだか知り合いの
おばちゃんがテレビに出ているような、勝手な親近感があって、見るたび
いつも嬉しかった。
本当に、あのままのお方であった。
最後にお姿を拝見したのは、19年ほど前。京都駅にあるデパートの
美術館での展覧会。
まったく30年前とお変わりなく、凛とされ、美しく、また話も
面白く・・・。
そのときも変わらず、誰に対しても上から目線でないところも、
やっぱり素敵だと思った。
話もとても楽しいから、人が集まった。

女性が仕事をするということ。一流ということ。しなやかで強いということ。
何度もお話ししたこともないけれど、はたから見ているだけでも、本当に
ステキな生き方をされていると憧れていた。

そんな市田先生が亡くなったと、ニュースで知る。
ちょうと、京都出張に出る日であったため、絶対にお店へ行こうと思った。
仕事を終えてから、花屋さんに寄って、先生の美容室に出かけることにした。
花屋さんには先に電話をして、アレンジメントを作ってもらっていた。
花を受け取るときに、先生は生前このお花屋さんをご利用されていたようで
お店の方が、「本当に花のある、笑顔の素敵な方でしたね~」と言われ、
本当にそのとおりだと思った。

緊張しながら美容院にたどりつくと、お店の入り口に、先生の大きな写真が
飾られていた。
とびっきり美人の素敵な写真だ。きっと先生はこの1枚と決めておられた
のだと確信するほどに、格別の着こなし、素敵な笑顔。最高の作品だ。
今にも、そこからあの声が「おおきに」と、聞こえてきそうな気配がした。

先生はこの地で長年お店を経営されながら、ライフワークのきものをはじめ
とした民族衣装の研究をされ、世界中を巡っておられた。
そして、90歳での旅立ち・・・。

最近まで、自分の親のことを死なないと思っていたように、
先生も永遠の存在と思っていた。
でも、旅立ってしまわれた。

美容院でご挨拶をして、帰りに隣のホテルのロビーを通ったら、ひまわりが
いっぱい飾られていた。今度は、先生の笑顔に見えてきた。
悲しいときも、しんどいときも、笑って乗り越えてこられたんだろうな。
もっと手紙を書いておけばよかった。

市田先生、ありがとうございました。安らかにお眠りください。
本当に花のある、笑顔の人でした。私も、見習います!一生及びませんけれど。

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ひまわりパワーを注ぎたい夏。

世間は日々忙しく働く大人たちも、もうすぐ夏休み。
どうぞ、暑さにもコロナにもくれぐれもお気をつけて、お楽しみいただきたい。

かくいう私めはというと、月末の朗読劇の本番に向け、そろそろ打ち合わせや
練習も始まる。
写真は、先日のキャストとの顔合わせのときの写真。
私以外は、皆さん、役者さん。さすが、とてもいい顔されている!
表現する人たちとの協働はとても刺激的だ。

今回、主役はダブルキャストとのこと。とても楽しみだ。
同じ作品でも、演ずる人によって、人の組み合わせによって、
まったく違う世界になるから。

コロナもあり、キャストたちとの限られた練習は、
今回もほとんどオンラインで実施。
実際に会えるのは本番の前日のみ。
と、いつもながらのぎりぎりな準備。

「真夏の雪」。こちらの公演は二回目。
コロナ前の公演が懐かしい。会場にマスクはなかったあの日・・。

朗読劇は観る側の想像力にゆだねる部分が大きい。
聴きながら、そのビジュアルや展開を想像していただく。
だから、面白いと朗読劇のファンも多い。
そこに、わが生演奏が絡む。
さて、どうやりますやら。
今週から、作家との打ち合わせスタート。
ねじを巻いてとりかかることにする!

ぜひ、ご興味ある方には、下北沢までお運びいただけたら・・。
もちろんオンライン配信でも、お楽しみいただけます。

こんな複雑で不快な夏だから、
やさしくて、元気が出るひまわりパワーを届けたい。

真夏の雪 次回公演情報 | B.LET’S (blets.net)

ご予約はこちら

https://www.quartet-online.net/ticket/manatsuyuki?m=0ugdgfe

    

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次代を見据えるリスクヘッジ。

先日の対面での研修実施は、正直ドキドキした。
自分の代わりの心配だけでなく お願いしている講師の
万が一の心配、受講者の欠席の心配・・・。
開催できなくなる場合の想定・・・。
いろいろあったが、それは無事終えることができた。

しかし、今はイベントだけでなく、日々の仕事においてこそ
リスクヘッジの重要性が問われている。
東日本大震災あたりから、BCPの大切さを企業は意識しはじめ
てきたが、このコロナでその教訓が実際に役立ったという
ケースも多いかもしれない。

経営者に何か起きた場合、どうするか?
その判断を、側近たち、二番手、三番手のリーダーが
言われなくても自分たちで考えて、提案してくれる。
「明日から、こう分担したいと考えますが、よろしいですか?」
と、今は自分たちが乗りきらねばならない!と
リーダーたちが会社を代表して仕切ってくれる。
頼もしい人たちの登場!だ。
企業の危機的な状況では、このように平穏な日常では
見えなかったいい面が見えることもある。

非常事態は、リーダーたちが大きく成長するチャンス
になのかもしれない。そういうときに、誰が次代を担える
かも透けて見えてくる。

何がおきるかわからない。自分(たち)がしっかりしなければ!
現実を直視し、冷静に全体を見渡して、具体的に
考え、現場に指示を出せる人の存在は大きい。

今、世界中の企業で、そんなことが起きているのだと
思う。
本当に生産を止めない、事業を止めないということは
大変なことだと思う。

どうか我が身の安全第一で、みなさん、がんばってほしい!
そして、今日は日曜。
まずは、ゆっくり休んで、明日からに備えてほしい。


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忘れてはいけない日、繰り返してはならない経験。

8月6日になった。
さきほど、広島出身で、原子力の専門家である友人から以下のメッセージが届いた。

「最近はメディアの取材や特番もほとんどありません。
放射線被ばく体験の画像を繰り返すことに、人々は興味を持っていないように感じます。
長崎ツアーでの姿勢は?
ブログも含めてもっと強い言葉でお願いします。
とはいえ、言いにくい…。
 
スペイン語の番組で面白い表現を学びました。コスタリカでは、「調子はどう?」と聞かれたら、みんな「PURA VIDA」と答える。 「純粋な人生」みたいな意味ですか?
コスタリカは非武装中立を宣言し、現在もそうしている世界で唯一の国です。
コスタリカは周辺の貧しい国に比べて豊かな国だと思います。なにより軍隊がなく、平和で、自然環境が良く、治安が良い。中南米で初めて行きたい国です。でも、そこでは英語でコミュニケーションが取れないので、スペイン語をもう少し練習する必要があります...」

(ここまで転送)
スペイン語の講座で出会った彼は、スペイン語でメールを送ってくる。そんな人だ。
勉強熱心な彼は、私はすぐ断念したが、今なおスペイン語を勉強し続けている。
それは、平和のための学びなのだろう。とこのメールからも感じ取った。

彼のおじいさまは、原爆で亡くなった。おとうさまはあの原爆ドームの再建に関わったと聞いた
ことがある。そんな家族の原爆とのかかわりから、
彼本人はこの経験から、原子力が人類のためにできること。
を学びし、平和な世の中に役立ちたいと、その世界に進んだという。
今は原子力の専門家育成を続けている。

さて、戦争の光景を見慣れてしまっている最近の状況。
でも、すべては映像やネットの世界のみ。
戦争の怖さは、経験した人しかわからない。
それを家族たち、地域の人達が大切に受け継ぎ、語り継いでいる。

私にできることは、そういう仲間とともにできることをする、応援をすること。
そして、自分なりに友人のメッセージにもあるように、PURA VIDAを目指すこと。

猛暑の中、広島に世界から人々が集まる。
パフォーマンスではなく、本当に戦争をなくすための、具体的な行動への節目と
してほしい。

ゆうべの報道で見たゼレンスキー大統領夫人のインタビューと、今朝の友人の
メッセージが重なる。

忘れてはいけない。くりかえしてはならない。

被爆で、戦争で命をなくされた方々への哀悼の意を込めて。

 
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