台湾、加油!

人生のなかで、ある期間を〇〇時代と区切ることができるならば、
台湾時代という期間もあった。30代後半から40代前半のこと。
何年通っていただろう?7年か8年か?毎月1週間ほど。濃厚な期間で
あり、当時の羽田空港の国際線ターミナルが懐かしい。

脱サラしたばかりの自分を鍛えるいいきっかけになったあの時代。
その頃、出会った現地の人たちのことは、今も思い出すと懐かしく
一人一人に会いたくなる。
そのなかでは、すでに先に旅立ってしまった友たちもいるが、お世話に
なった方も数えきれず、そして消息が分からなくなった人もいて・・・。

通っていた当時にも、大きな地震が発生した。
あのときは、急きょ、日本から知り合いのタオルメーカーの協力を経て
タオルを送って、お世話になっている会社で社内販売し、
それを役立てていただくようにした。
日本からのタオル…とても喜ばれた。
と、そんな思い出がよみがえった今回の地震。

昨日、台北に住む知り合いにコンタクトをとる。
大きく揺れたけれど、台北は大丈夫。という返事に安堵する。
しかし、震源地周辺はインフラも含め、被害も多く、これから
その影響が心配される。

台湾。いろんなピンチのなかを力強く生きてきている人たち。
歴史に翻弄されながら、自らの道を切り開く人たち、
日本にも統治された時代があったけれども、日本を愛してくれている人たち。
統治時代に、繁栄したこともあり、今も、台湾は昭和の日本を思わせる
一面もある。そう、兄弟のような懐かしい国、台湾。

今回のピンチも乗り越えてほしい。

台湾の仲間から教えてもらった言葉はいろいろあるが、
会話の結びに、別れ際に使う言葉は
「再見!」
グッドバイではない。さようならではない。また会いましょう!
である。と教えられた。
そして、相手を励ましたいとき、エールを送りたいときは
「加油!」
がんばって!という意味だ。自らに油を注いで!がんばろう!とはすごい
言葉であるが、本当にこの言葉をよく使った。

そして、今、まさにこの言葉を送りたい。
今、これを書きながら、ずっとお世話になってきたタクシードライバーの
鄭さんを思い出した。
今日、電話しよう!鄭さん、加油!って 声をかけたい。

台湾の友たちが、無事で、元気でいてくれるように。
台湾、加油!

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さすがチャンポン、和華蘭スピリット!

長崎は一度訪ねてから、ありがたいご縁がつづく町である。
ほかの町では経験できない、ユニークな出会い、おつきあいをいただいている。
歴史ある世界との接点、開港文化、キリスト教の悲しい歴史、原爆・・・。
明るいこと、楽しいこと、悲しいこと、つらいこと・・・。さまざまな感情を
「時」に収めながら、心にしまいながら、前へ前へと進んできた町。
そして新しい発想を常に取り込み、独特の文化を生み続けている町。
港町であり、郊外にいけば、最果ての地であり・・・。地形も歴史も本当に
塁をみない特徴をもった町。
初めて長崎をたずねた時から、かかわりのあるカステラ屋さんがある。
その名も長崎堂さん。大浦天主堂の坂下にある。
当時、レストランも運営されており、「トルコライス」という名の横断幕?が
目に飛び込んで、入店したのがきっかけ。今から思えば、カステラ屋で
トルコライスも出していたのだから、変わっている。
その後、レストランはなくなり、今は軍艦島のデジタルミュージアムになって
いるが、ビル内ではカステラの製造販売は今も変わらず行われている。
地元のカフェとの連携も多く、たとえばグラバー邸のカフェで提供されている
カステラは同社製と、宣伝はしていないが知る人ぞ知る長崎生まれ、育ち、
生粋の長崎カステラである。そんなお店とひょんなきっかけから、
いつのまにか、このお店の小さな応援団として、通い続け、また行かないとき
もずっとおつきあいをしている。長崎での演奏活動の応援もしていただき、
今や長崎の親戚のような関係である。
両親も大変ここの味が大好きであった・・・。

久しぶりに訪ねた。
店頭に小さな「軍艦島カフェ」が併設されていた。
そこではスペシャルティコーヒーを提供しつつ、ユニークなスイーツも用意している。
カステラも、ケーキもイートイン・テイクアウト可能。
もちろんカフェで使用しているカステラやケーキは長崎堂製。

ショーケースを見ていきなり目に飛び込んだのが、カステラサンド!
何だ?それ?一瞬目を疑った。
なんと、カステラのたまごサンドである。(上の写真)
思わず、「これ、何?」とたずねる。
見た目から頭からは理解できるが、そんな食べ物が成立するのか?という素朴な問。
「はい、そうなんです=。カステラのたまごサンドです。」
「おいしいの?どんな味?」
「そうですね。カステラの甘さと、たまごとマヨネーズのしょっぱさが
楽しめる。あまじょっぱい味ですかね。わたしは、はまってます!」
とのスタッフの説明に、
「じゃ、だまされたと思って食べてみるわ」と購入する。
ドキドキしながら、あとでランチ代わりにいただいてみる。
なんと、なんと、なんと!新たな美味の発見!!!
「おいしいやん。」「確かにあまじょっぱい。しかもカステラの下のザラメが
玉子の塩味とマッチしている!!」衝撃的な味わいだ!

長年カステラも食べているし、玉子サンドも何度も作り、また外でも食べているが、
この組み合わせは新鮮すぎる。
一度食べてみたら、確かにこれもあり!であるが、なかなか普通では発想できない。

やはり長崎スピリットがここにも生かされている。
ちゃんぽん文化、和華蘭文化。時代の先端をつねにいく、独自のグローカル思考の
長崎の食文化。これも尊敬すべき一例である。久しぶりに食の感動を体験!
早速、買ってきたカステラを使ってやってみようとたまごをゆでつつ、
長崎はやっぱり違うな~。と何日経っても感心している。

長崎はわが心のふるさと。
昔ながらの製法を大切に守りながら、時代とともに生きつづける「長崎堂」は
心のファミリー。
彼らと仲間たちの挑戦を、これからもずっと見守り、応援を続けたい。

と、普段あまり食ネタは書かないが、今日は長崎堂ファミリーの笑顔を思いつつ・・。



軍艦島カフェ『cafe X』がついにオープンしました!! | 軍艦島 -gunkanjima- (gunkanjima-concierge.com)

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周年を一緒につくる。

毎日毎月毎年・・・ずっと頑張り続けることは大切であるが、
節目があると、立ち止まったり、振り返ったり、周囲に感謝の気持ちが湧いて
きたり、未来が見えてきたり・・・といろんないいことがある。
周年とは、時計が1周する感覚だ。
5年かけて1周。10年かけて、15年かけて、20年かけて・・・50年かけて
一周。ぐるりとその過ぎてきた時間を辿る1年、そしてそこからまた新たな
円を描き始める1年。
そう、周年とは、まさに観覧車を回すことと同じかもしれない。
ぐるっと〇〇年。いい時間だったと一緒にふりかえる貴重な機会。
私の場合は昨年が25周年で3月までにやろうと思っていたことはひととおり
完了。
今年は、お世話になっている企業やお店で記念すべき年を迎えるところもある。
一緒に素敵な節目の時間をつくろうとしている。
社員と一緒に、社員の後ろで。
店主と一緒に、店主を支えながら・・。

迷っている方には、やろうとこちらから背中を押す。

「感謝の年です。5年後はわからないから、今年やりましょうよ」
そんなわけで、自分でできるかなと不安に思っていた店主の背中を押し
一緒に25周年のイベントを企画、実施することにした。

今年はそんなお手伝いもいくつか出て
きそうだ。
素敵な思い出づくりをともに・・・。

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喜ばれる新年度に。

4月1日。設立記念日を迎える地元で人気のデイサービスセンター。
気が付けば、応援団として演奏会にお邪魔するのは何回目になるだろう。
今回は3周年の記念日。
写真は演奏の様子と、演奏後に利用者さんの皆さんと施設長との記念のショット。
昨年もこのお祝いに参加させていただき、今回2回目。
いい日に開業されたなとつくづく思う。
桜が咲く季節に何かを始めるのは、とてもいい。
写真左の女性は、もうすぐ100歳。母がとてもお世話になった方たち。
心のこもったお手紙を頂戴し、胸がいっぱいになる。
人生は青春。青春とは年の若さではなく、気持ちの持ちようである・・と
綴ってある。1世紀近く生きてきた方の言葉の重みは違う。
ありがたいギフトをいただいた・・・。

一緒に楽しい時間を過ごし、みなさん若返って、いい笑顔になって・・・。
もしも、今日 昨日の感動を忘れても、贈った花を見て、きっと思い出される
人もいるだろう。
とにかく毎回、一生懸命やる。最後の演奏になってもいいように。
私にとっても、お客様にとっても・・・。
そういう気持ちで、これからも誰かの人生の瞬間に小さな感動の灯をともしたい。
いろんな人生を重ねてきた方への演奏は、毎回勉強になる。その人に喜ばれる選曲をし、用意する。

さあ、何事も、喜ばれる新年度に。
素敵な今日を生きる、今日も喜ばれる1日になるように。

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36年半の偉業に脱帽、そして新出発へ。

関口宏さんのサンデーモーニング。思えば自分が社会人になって間もない
ころから始まった番組のようだ。
若き日には、正直あまり興味がなかった。なんだか真面目な硬い印象が
あり、視聴する機会は少なかった。
ところが、50代になってからであろうか、この番組はこの世の中に
必要な存在と思えるようになり、とくにこの数年は録画してでも
出演するコメンテーターの話を聞きたくなった。
世の中をちゃんと考えている、日本はどうあるべきかについて、どこに
忖度することなく、正直にまっすぐにみつめている。
その姿勢に共感を覚えた。またメディアの役割についても考えさせて
もらった。まあ、自分と価値観が近く、共感できるメッセージが多かった。

そして、関口さんの司会は、ずっといて当たり前のような存在であるが、
今回、卒業されると知り、改めて聴いてみると、その人しかできない司会
であると、感心するようになった。存在感なのかもしれないが。

なんといっても、同じ番組をこんな長い時間、担当されるのもすごい
し、担当させてくれた番組側もすごい。
いろいろ言われていても、私にはとにかく36年半も同じ番組をずっと
生放送で毎週続けてこられたことに感動し、敬意を表したい。
そして、
共感できるコメンテーターが出演されていることも、うれしく勉強に
なった。
関口さんは、80歳だという。
タモリさんも3月でメインの番組を卒業された。
すごい方たちが、現役から卒業・・・。

昭和生まれ、昭和育ちの自分としては、若き日から今日まで
第一線で活躍されてきた人生の先輩たちに、心から感謝の拍手を
送りたい。

そして、今日から新たなスタート。
新番組、新○○・・。なんでも新しければいいというものでもない
かもしれないが、気持ちを新しく入れ替えるために、衣装を変える
ことは、顔を変えること、名前を変えること・・は意味がある。

去る人、くる人。
先輩がいて、今があることを忘れずに・・・。
私自身も、初心にかえろう。

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動ける人が動く

今日は本当の意味で年度末。
明日からの出発のために、大忙しの日曜をお過ごしの方も
おられることだろう。
引っ越し中の方、明日からの入社日、新しい勤務の準備・・。
本当に人が動く週末である。
社会人も、学生さんも、明日から新たなスタートである。

さて、わたしなりの新年度。
これからは、これまでの人とのかかわりをもっと大切に
活動していこうと思っている。
久しく会えていないで、気になっている方のもとへ自分から
出かけていく。
会っておかないと、後悔しそうな人がいる。
お礼を言っておかねばならない人がいる。

とくに、新潟方面では、18年間に出会いをいただき、
長く交流している企業さん、事業者さん・・会った当時は
40代、50代であった方たち・・どうしておられるだろうか?
まだ現役か?事業承継されたのか?お元気か?
時々メールやハガキのやりとりはあっても、気になり続けて
いる。

そんなことで、この1年は、たくさんの再会を果たす時間に
しようとも考えている。

動ける人が動けばいい。
会いたい人は、時間をあけて待ってくれる。

その関係を大切に。
お互い元気じゃないと会えない。
出会いを大切にしたい。
出会おうと思って出会えるものではない。
選ばれた人との出会い。
そのことを改めて認識して、

会いに行く。
動ける人が、動く。

つながり続けることの大切さ、
お互いを思いあうことのありがたさ。

この季節だからこそ、強く思う。
桜を見たからか・・・。

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桜咲き、送り、送られ、また・・・。

3年前の今日撮影した、桜。満開である。
この日、母を送った。
3月30日は、わが人生で最も忘れられない日である。
全部覚えているが、思い出すと泣けてくるので、ぐっとこらえて、はや3年。
今も同じ気持ちのままでいるが、なんとか気丈に生きた3年間。
桜の花びらは散っても、記憶は散っていない。心の中は満開のまま・・。

今、改めて ほんとうに人生は桜のようであると
しみじみ・・・。
それにしても、あの桜満開のなか、参列いただいた方に送られてお別れできたことは
まるで映画のワンシーンのようで。不思議としかいいようがない。
母を乗せた車のクラクションの音・・・がよみがえる。

母の人生は、まるで桜のようであった。
そして、それぞれの人が、桜のように咲いて、散っていく。

母はさくら、父は鵜飼。
そんな風にそれぞれの人生を描いている。

さて、私の場合は・・・。
桜のようにいきますか。いきたいね。
満開のときは瞬間で、感動している間に終わっていく。
なんとドラマチックな結びだろう。

今日からあたたかくなり、各地で桜の花が一気に開くだろう。

じきに散るまでの間を愛でたい。

送り、送られ、人生はそんなもの。
今日は元気な母を思い出し、一緒に桜を見上げたい。
そして、一緒に送っていただいた方に感謝したい。

満開は、美しく、切ない。

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親愛なる会社名の最終日に寄せて。

4月1日をもって新体制になる。
4月1日をもって、新会社になる。

本日をもって、今年度は最終日として1年をおさめ、そして
4月1日からは新年度として、新たなスタートを。
多くの企業が、新たな決意、体制、環境で活動を開始しはじめる。
土日を挟むだけなのに、心機一転の新年度!

私が大学卒業後、会社員として、お世話になった会社が、
4月より新会社になる。
系列の企業と合併して、新たな出発をする。
また、時代の変化に対応し、ついに「印刷」という名前を
外す。
約40年前、社会人になって初めて会社という存在を知り、上司や先輩に
教えていただき、仕事をし、給料をもらい、そして賞与もいただき・・・。
がむしゃらに働いた会社。多くを学んだ会社。
そして、34歳で中退し、脱サラをしたわたし。
今も、退職した日の皆さんの京都駅での見送りシーンは鮮明だ。

その後も、ありがたいことに元上司や後輩たちとの縁は切れることなく、
関係は続き・・・。
そしてこの数年は、また再び一緒に仕事を取り組むパートナーとして
新たな関係を育み・・・。
思えば、わたしにとって、この会社は私にとって、私を育ててくれた
ありがたい存在である。
それが、コロナの影響もあり、デジタル化の波もあり、時代の変化に
対応していくこととなり、社名も変更されることになった。

事業自体は存続そして、新たな分野にも挑戦しながら、コミュニケーションの
プロとしてこれまで以上に世の中の役に立つよう、努力されることだろう。

自分がお世話になった会社の名前が変わること、まだ実感もない。
長年慣れ親しんだ名前が、今日でおしまい。というのは、なんともなんとも
言えない気持ちである。

名は体を現す。
であるから、名とともに体は変わる。企業とはそういう存在だ。
何をすべきか。ここが大切。
そして、存続しながら成長発展していかねばならない。
だから、名が変わることは、前向きで積極的な選択である。と考えたい。

しみじみ、お世話になってきた会社に感謝して、1日を過ごしたい。
正直、寂しさはある。いろんな先輩・元上司の顔が浮かんでくるが、
企業は過去にではなく、未来に向かうもの。
コロナの影響もあって、存在自体が消えていく企業も多いなか、
事業を存続し、未来への切符を用意されたこと自体、本当にありがたいことだと思う。

大平印刷さん。ありがとうございました。そしてお疲れ様でした。
ここでお世話になった時代は、私がマーケティング・コミュニケーションと
いう世界に出会い、学び、実践した最初の次代。
印刷会社なのに、マーケティングの仕事ができたことは、幸いであった。
そしてその経験は、今にしっかり生かされている。
学んだことを大切に、みらいに向かう力を養い、元気に稼働してほしい。

お世話になった先輩、親愛なる後輩、この時代に出会ったすべての方に
感謝して・・・。




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人生いろいろ、ほんとうに。

この2~3日間に再会したり、連絡をやりとりしている人たち。
たまたま50代、60代との交流が続いている。
時節柄か、普段に増して、その生き方の多様性に触れ、
こちらも刺激をもらっている。

その中には、
この3月で定年を迎え、これまでの肩書から解放され、
新しく生き始める人もいる。
長年お世話になった会社とのかかわりは保ちつつ、
自分がやりたかったことを始めるという方。

また夫婦で旅に出まくるという方、
これまでの経験を活かして
世の中のお役に立つことをしたいと思っている方。
いずれも、
想い荷物を降ろして、いずれも軽やかですっきりした
顔つきである。

一方、ある55歳の方。50歳でそれまで経営してきた会社を
人に任せ、次の人生の準備をすすめている。
近いうちに、海外に移住するのだという。
憧れのポルトガルに住む。
人生のなかで、一度はマイノリティな生き方をしてみたい
とのこと。なかなかユニークな選択である。
移住して、そこで新しいビジネスを行う計画だそう。

ある人は70歳手前。まもなく念願の北欧への一人旅を
ビジネスクラスで行くのだ、そして間もなく終の棲家の
おうちも完成するのだ。という。
その人から、飛行機内での過ごし方についての問い合わせが
入る。
ああ、もう出発モードなんだな。
なんだか楽しそうだ。とこちらもわくわくしてくる。

ある人はこれまで一生懸命働き、不動産もたくさん
保有してきた。この資産を生かしながら、新しい
ことをしたいという。
お金には困らないと言い切るから、こういう方もおられる
と、まさに人生の多様性を感じる。

私の周りは本当にいろんな方がいてくださって、
それぞれに接しているだけでも、人生が面白くなる。
みなさん、これまでがんばってこられたから、
好きな生き方ができる。
本当に素晴らしい!

人生、いろいろ。
まさに。
違うから面白い。

自分はひとつの人生を生きるしかないが、
そのひとつも自分次第で、いかようにも生きられる。

自分が生きたいように生きること。
好きなことができる人生。
我慢してがんばる時代も必要であるが
それは解放されて、好きな時間を得るため。
頑張った人へのごほうび。
それは生き方の選択肢。

苦しんで人生を終えるのではなく、
楽しんでカーテンコールにしたい。

仲間たちの素敵な人生を応援しながら、
私自身も人生を楽しもうと思う。





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涙雨と電話と、マーガレット。

「今日はずっと雨。珍しいなあと思って。そうか、これは涙雨なんだね」
涙雨・・。何人かの方に言われて、そうなんだ。昨日は朝出発するときから、
都内に行ってからもずっと雨が続いた。
「お母さんがずっといるんだね。娘のことが気になってしようがないんだね」
とも言われ、そういうことか・・とも思った。
どしゃぶりの中を歩き、びしょびしょになった傘をまるめながら、携帯の着信
に気づく。知らない番号、でも058とあるから、岐阜の方からだ。

!!!もしかして、折り込みチラシを見た人からかも?
最近は、知らぬ番号に折返しかけることも少ないが、これは大丈夫と思い
すぐかけ直す。
しばらくしたら、相手の方が電話に出られた。

「あのー、今朝の新聞に入っていたチラシを見て・・・」
と言われ、思わずガッツポーズ。

母の写真を見ながら、そしてチラシに書いてあった出前コンサートのことが
気になってかけてこられたのだ。
用件は、夏に行いたい認知症(予防?)カフェでのコンサートの相談。
「いくらぐらいでやってもらえるんですか?」
チラシに、演奏料は「ご相談ください」と書いてあるからだ。

いろいろお話しをうかがうと、母とはそのカフェなどで会ったことが
ある方のようだ。そして母の話から、娘は演奏をすると聞いたことがあったと、
そんなことでチラシを見て、ピンときたとのこと。
その方は、母が亡くなったことをご存じなかったため「今日は命日です。
なので、母の写真を入れてチラシを入れてみたんです」
と伝えたら、電話先で驚きの声。何度も、そんなー、へえー、と
言われた。

「詳しくはぜひ近いうちにお会いしてご相談させていただきますね」
ということで、電話を切る。

チラシを入れたことで、母の存在を思い出していただく、亡くなったことを
ご存じない方にはこのように伝えることもできる。

「いやー、チラシを見て、感じることがあって、すぐ電話させてもらいました」
そんな言葉をいただいた。
チラシは新たな出会いをつくってくれるコミュニケーションツール。
やってみてよかった。

妹に「チラシを見て電話がきたよ。」とメッセージする。妹もびっくり。
「いい命日になったね」とそんな言葉で結ぶ。

何事も反応があるかどうかわからない。やってみなければわからない。
やってみて、良かった。

1日仕事や用事を片付け、東京から名古屋へ戻ったら、雨はぴたりやんでいた。

「今日も1日お疲れさん」と母に言われたようであった。

何があっても、雨がふっても、心に傘をさして、

そして、長崎の教会庭でみつけた愛らしいマーガレットを胸に
今日からも元気に朗らかに、元気に歩いていこう。

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