人の話を聞く姿勢。

ある勉強会で見かけたこと。
講師が話している目の前で、パソコンを広げ
なんやら入力している人がいる。
気になる。
正直、紙にメモをとっているのと、パソコンに何か入力されているのとでは
何かが違う。
ひとつは入力の音。新幹線の中でも同じことが言えるが、近隣の人に
入力の音が邪魔、騒音になることもあるのに本人はそのことに気づいていない。
「他の方のご迷惑になることがあるので パソコンでの入力はご遠慮ください」
と、司会者が言っても、まだパソコンに向かってなんやらやっている。
もしかしたら、他の仕事を目の前でしている?と?とにかく、講師や周囲には
不快な現象。
しばらくすると、パソコンはしまって、次はスマホを取り出し、講師が話している間、
片手で見続けている。
人の話を聞きながら、スマホで何をしているんだ?調べもの?他の用事??
とにかく、こちらも不快きわまりない。
私は、オフィシャルな対話のとき、人前でスマホで突然調べものをする人のことは
あまり好きではない。
人の話をする調べだすというのは、失礼だとも思うからだ。
「ちょっと調べてみますかね~」と、合意の上なら良いと思うが、聴きながら調べられるのは
目の前の人を軽視しているように思える。

と、こんな具合に、最近、自分本位・自分中心の人が増えていないかと心配になる。
人の話を聞く、しかも勉強にいっているならば、話をする人に注意を向ける、集中すべきだと
思う。
「ながら」は慎むべきだと思う。
以前、ある勉強会で、歩く広告のようなかぶりものをして現れ、その目立ったスタイルで
受講し続けた若者がいて、このときも同じように不快感を感じた。
そして、その人は講師のつくったスライドを無断で撮影しようとして、主催者から注意された。

自分が目立てば良い、自分さえよければ良い。
周囲のことは考えない。
見える情報は全部自分のもの。何をやっても自由。好きなようにする。
それが自分のスタイル。

と思うならばそれは正しくないと思う。

紙のメモとスマホにメモをする。何も変わらないじゃないか~と
思われるかもしれないが、相手の「手のひらの中」で何が起きているのか
わからないという関係はとても不快だ。
もっとも、紙とペンでも何を書かれているかわからないが・・。
でも、スマホはいろんな機能があるから、その分不信が募るのだ。

なんだか世の中が、こうなってほしい、こうありたいと願う方向と違うことが
増えてきていて、当たり前であるはずのルールやマナーが崩れてきているように
感じる。

小さなことでも、気配りを大切にしたい。
人としてのマナーを大切にしたい。
そして、おかしなと思ったら注意をする勇気ももちたい。

夏休みの新幹線内のマナーレスな乗客たちを横目で見ながら、
同じようなことを思いつつ・・・。

とにかく、人の話は真剣に、敬意をもって聴ける人に、
その方が学びも多いはず。
まずは、自分自身がそうありたい。人の前に、自分がまず。

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