コッペパンに何、挟む?


東京暮らしの終わりごろ、たまたまみつけた谷中のパン屋さん。
朝倉彫塑館に出かけた週末に、本当に偶然出会ってしまったという感じ。
急いでいたり、意識していなければ、見過ごしてしまっていたかもしれない。
いわゆる住宅の一部を開放して、週末だけ営業しているといういろんな意味で
限定だらけのパン屋さん。看板もとくになく、シンプルなウェルカムボードだけ。
通ったときが週末だったから、本当によかった。
もし、平日にここを歩いていたら、一生出会うことがなかった。

コッペパンとアンパンが中心。それに加えて、いわゆる食パンも少量、
さらに焼き菓子も何種類か店頭にある。
海外での修行を経て、パン教室を主宰、その後自宅ではじめた小さなパン屋さん。
3年前の起業らしい。

入り口からはオーブンと焼きあがったパン、そしてパンを焼く主人だけが見える。
そこに、彼女のお母様も客を手伝っておられる。

このパンのサイズ、商品の種類、母娘の協業そして、なんといってもパンのおいしさ。
チェーン店やブランドネームがついたパン店のそれとは違う、THE NIPPONの
美味しいパン屋さんという感じが良い。それから何度か足を運んだ。
引っ越ししてからも、事前に予約し、上京時に寄り、名古屋へパンを持ち帰る。
パンなんかどこでも、美味しいパンがどこででも手に入るこの世の中に、
わざわざ谷中墓地の近くまで行って、名古屋まで持って帰っている客というのも
それほどいないかもしれない。

でも、なぜかそのパン店さんが、店主が、
そのお母さまのことが、私はとても気に入ったのだ。
今回も土曜の夕方前に寄らせてもらい、オーダーしていたものを受け取る。
閉店後であったので、店主と少し話すことができた。
「なぜ、コッペパンなんですか?」
そう、当店のメインの商品は、コッペパン。そのまま1個からでも販売するし、
自家製のジャムやピーナツバターなどを挟んで提供もしてくれる。
なんで、コッペ??
「じつは、近所に、むかしながらの商店街があるじゃないですか。
そこでいろいろ惣菜を売っているので、それをこのパンにはさんで食べ歩き
してもらったらいいんじゃないかと思いつき、コッペパンを作り始めたんです」
無口な人かと思ったら、そうではなさそうだ。
「このコッペパンで、商店街が活気付いたらいいなと思いまして・・うふふ」
「へえ。いい話ですね~」
と二人で笑った。

コッペパン。これは日本のパンだ。
海外のどこにもこのパンは存在しない。
戦後、アメリカから入ってきた、まさにホットドック用に使われたパン。
コッペとは、切り口があるとか、フランス語で「切る」(クッペ)
とも言われているが、戦後日本で食べ始められたパンだ。
子どもの頃は、給食ではお世話になった。
コッペは、日本人のソウルフードかもしれず、食生活の西洋化のシンボルかも
しれないし、とにかく懐かしく、身近な存在。
でも、最近はフランスパンやいろんな菓子パン、総菜パンがあふれて
コッペパンというシンプルなパンは影を潜めたように見える。
しかし、東京の下町では、このパン屋さんのように、しっかり根付き、
愛され続けている。

コッペパン。パンで町おこしとは、素晴らしい。
彼女がつくったジャム入りを名古屋での朝にいただく。
朝倉彫塑館の前の通りから谷中墓地、上野までの道のりが広がり、
そして店主の顔が浮かぶ。

限定だらけの小さなパン屋さん、こむぎゅ亭の吉澤さん。
これからも、お代わりなく、お母様と一緒にお元気にがんばっていただきたい。

コッペパンは、いつの時代も夢を運ぶ。
さあ、何を挟もうか?

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