十人十色のハッピーUターン。

もう7~8年ほど前、新潟のディナーショーを担当してくれた青年。
結婚式場での婚礼に関係ないショー開催ということで、会場にとっても、
私にとっても新鮮な経験であった。

私が弾くピアノを喜んでくれた。
「ピアノが喜んでいるみたいですね」
とくれた一言がとてもうれしかった。

初めてのショーが無事終わり、その担当者は京都へ転勤になったと
聞き、私もおっかけ精神を発揮、京都に出張した折、新しい職場である
京都の式場も訪ね、古都でも再会。その後、ご無沙汰となった。

何年か後、彼は退職をし、田舎に帰った。といううわさを聞く。
そして、田舎は佐賀県であると・・・。実家はお寺さんであると
聞き、確かにお名前がそれらしい名前であったので、自然に納得。

でも、大変華やかなブライダルの仕事をしていた彼が、実家の
お寺に?まさか、お寺を継いだわけではないだろう。
何をしているのかな?でも、地元に帰ったとはえらいな。
機会があったら、会ってみたい・・・。
最近長崎や、有田も身近な存在になりつつあるため、
ついでがあったら、会いたいと思っていたが、
今回やっと時間がとれそうになり、
連絡をしてみると、ぜひ会いたい!といってくれて、
佐賀駅のカフェで待ち合わせ。

おそらく5年ぶり。
ブライダルの会社でイケイケな感じで仕事をしていたころと
何か違い、一目で大人になった印象を受けた。
挨拶の仕方、表情、所作・・・どれをとっても、
前の彼とはどこか違う。
でも、笑顔は同じで、私からしたらかわいらしい青年のままで
安心する。

つい、2~3日前にできたばかりの名刺をいただく。
黒い縁取りのシンプルな名刺。よく考えられたデザインだ。
他のお仕事でこのデザインはあり得ないが、いいセンスだ。
名刺には、住職、そして運営している幼稚園の副園長の肩書きが
記されており、
本当に実家を継いでいたんだ~。しかも保育園も??
地元に戻るため、彼は180度違う世界に向かい、
準備をしていたのだ。
過疎化に向かうふるさとで、檀家の皆様のために
そして地元のために日々活動開始しているのだ。

35歳にして住職。
そして保育士である。

前話すことができなかった、深い話も自然とできるようになった。
宗教者として、地元のサービス業として何をすべきか・・・
地域のみなさんのメンターになるべく存在であるべきなど・・。
よく考えたら、ディナーショーの準備以外のことで会話したことが
なかった。
あっという間に時間がたった。

また九州に行くときには、また会おうということに。
次回は地元の町を紹介してくれるというお楽しみも。
何か彼のチャレンジのお役に立てることもあるかもしれない。

人それぞれ、いろんなUターンがある。
人はいろんな形で、生まれ故郷に戻っていく。
人生がそこから新たに始まる。
懐かしくて新しいコミュニティが生まれる。

自分とは違う道であるが、彼の人生をめいっぱい
応援し、新たなつきあいをしていきたいと思った。

このブログを書きながら、愛らしくもしっかり者に成長された
若きご住職の「今日」をひとり想像している・・・。

※再会したカフェでの自撮りツーショットはまさか住職との
写真に見えないが、このギャップも◎。

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