悲しみを与えるのも才能か・・・

アメリカ映画といえば、飛行機のなかでたまにみるとすれば・・・よく あの顔に出会っていた。コメディでもシリアスなストーリーでも。でもその顔は人に幸せと元気を与える不思議な魅力があって、おそらく彼のことを嫌いという人はいないのではという憎めない顔。
ロビン・ウィリアムズ。近所にいそうな、道で会ったら手もふりそうな、みんなのご近所さんのような・・。そんな存在だと私は思っていた。
ニューヨークタイムスの電子版のトップニュースに彼の顔がフラッシュで何パターンも出ては消え・・・また何か賞をとったのかなと最初は思ったが、悲しいことに訃報であった。信じられない。
アメリカ中が世界中が残念がっている。悲しい。俳優という仕事は人に夢を与える仕事だ。
この人もそういう人だった。現実離れしたハンサムではなく、どこにでもいそうなそんな存在を創るってすごい苦労があったのかもしれない。彼の作品にふれているわずかな映画時間は本当に幸せだった。
いつでもいると思う存在がある日、突然にいなくなるのはなんと悲しいことだろう。親しみがあるというのは、それだけ存在力があるということ。これもかけがえのない才能である。安らかな眠りを心から祈って・・。
人生自体が映画のような作品だったのだろうか?俳優という仕事、生き方に敬意を表したい。

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