恥をかくから、次にいける

なんでも最初にやってみる、というのは緊張するものだ。うまくいかないこともある。
私の場合のひとつの例は、新曲の初披露だ。どうしても歌い込む回数はそんなに多くない。練習不足のまま本番になる。どれだけ耳できいても、一人でうまくやれていても、いざ何かと起きる本番では新曲のことだけに意識がいかず、その場になるまでにかなりのパワーも使い、ぱっと切り替えたときに頭が真っ白になることもある。でも、このハードルは超えるしかない。初めて歌うとき、弾く時のこの緊張はなんとも言い難い。
今回の「かもめりぃ」も、前回の「人生ななつぼし」も緊張ではじまり、緊張で終わった。まだ自分のものになっていない。人前に出てやっと初めて生まれたようなものなのかもしれない。歌い込むことでもっとよくなる。
だから、はじめは仕方ない。ただし、新曲だからおそらく誰にもその間違いや動揺も気づかれない・・・でも、
自分が緊張してゆとりがないため、感動を届けるまでにはいたっていないはず。最初は創った!ということに
感激してくださる。今度はしっかり聴いていただき、もっと感動していただけるといい。
いくつになっても、恥をかいたり、失敗をすることも、こういう世界では大いにいい。もっとも、大人になってからできる緊張って初々しくてよいではない?

カテゴリー: Essay (Word) パーマリンク