毎日が終活というわけでもないが、
最近は、今日が最後でも悔いないようにと、以前より
より強く思うようになってきている。
ありがとうと言えなかった人、お礼ができなかった人、
言い忘れたことがある人、生まれてここまで来るまでに
いくほどの人の、いくほどのお世話になり、ここまで
やってこられたのか。
それは直接だけでなく、間接的にというのも含めてだ。
つい最近は、45年前に、急死した叔母の旦那さんと後妻さん
と家族で一緒に中華料理のテーブルを囲んだ。
「これが、最後やな」
と、耳が遠くなった叔父はその会食のことをしみじみそんな
風に言った。
そんなに特別なことなのだ。
「いえいえ、またこれからもそういう機会つくろ」
と言いつつも、確かにおじさんたちも、高齢であるし
これから誰が欠けてもおかしくない。
そういう意味で最後になるかもしれない。もちろん
そうでないことを願いつつ・・。
耳が聞こえないおじさんは、周囲の会話が入ってこない代わり
食に専念しているように見えた。
「野菜から食べないといけないんや」といって、
野菜をパクパク、肉もパクパク・・。
気が付いたら一番食欲があったようで、驚いた。
楽しそうで、幸せそうで良かった。
親戚や地域の中での会話は苦手であるので、静かに
見守りつつ、この場をかみしめる。
感謝をしなければならない人に、感謝したい人に、
感謝しないと死んでも死にきれない人に・・・
どんどん伝えていこう。
終活という言葉は好きではない。
が、生きている今、毎日ひとつでもふたつでも
悔いが残らないように、実行するのみだ。