ときには流し、流され・・が良い。

いろんな情報、いろんな人々が自分の目の前を日々、通り過ぎていく。
そう、通り過ぎていく。

気が付けば、何事も同じところにはいないで、時間とともに
拡散したり、消え去ったり、忘れ去ったり・・。

それでも、他者から受ける印象的な情報、言動は心のなかに
ずしんとそのままになっていることがあり、
そのことを思い悩んだり、そのことが原因で迷って、
苦しくなることもある。

この時代、自分だけがくよくよしていても生きていけない。
だから、「流し、流され(たふり)」
も大切だ。
とくに自分に違和感のあることこそ、
「あ、そう。そういうこともあるんだ」
位の勢いで、流していく。
人は他者のことを、さほど大切に考えてはいない。

流す力。馬耳東風とは、本当にいい言葉だ。

流し、流されたふり。
そのなかで、流されない自分こそが、本当の自分なのだと
思う。

流し・・。音楽の職業でそんなのがあった。
まさに、そんな生き方も魅力的だと思う。

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