先に、演芸経験の感動を書いた。
テレビでおなじみの人も、見たことがない人も老若男女とも、それぞれが
切磋琢磨している姿は、感動した。
それは本当であるが、ひとつだけ、なんとも複雑な気持ちになる一幕があった。
それは、30年以上前に、流行った芸人さんの登場。
お年はたぶん、80歳前後になられているだろう。
唄を歌いながらのひとり漫談だ。一世を風靡した人ともいえる。
私自身も、子供の頃、その珍しい派手な衣装の芸人さんのことは、
よくテレビで見たことがあり、その名も記憶していた。
今回のプログラムのトリに記載されているのを知り、「まだ、現役なんだ」
と懐かしく思い出した。
若い芸人たちが、ずらり熱演を魅せてくれたあと、その大御所がその日の最後の
ステージに立つ。
誰もが知っているから、みんな最初は大拍手。
誰もが「ああ、懐かしい。今もお元気だね~」と好意的だった。
そして、30年前に一世風靡したその芸が始まった。
ぼやきトークに歌が混じる。
観客は笑いたくて来ているので、一生懸命聞いている。
しかし、話にオチがなく、その話が何の意味があるのかだんだん見えなくなる。
唄を歌い始める。どうやら秋に出したい新曲のようであるが、なんと五番まで
延々と歌う、しかも歌詞を忘れたところで、「あ、わかんなくなった」といって
終わり、あっけにとられる。そんなことが二度三度。
ここは、練習場でもカラオケでもないんだぞ。ステージなんだぞ。
厳しいお客がいれば
「金返せ」というかもしれない。もっともそれまでに十分、
他の芸人で素をとったので
ま、いいかと最後の芸を余韻で楽しむ感覚で座っている感じだろう。
それでも、その大御所は自分の間違いを気にせず、
10分以上、昔の芸をやり続けた。笑いは失笑に代わり、観客は我慢してきいている。
そう、心から笑える場面がひとつもなかったが、お客は席を立たずに座っている。
ああ、年だけどがんばっているから・・という応援、いや同情もあったかもしれない。
年をとっても、昔と同じように若々しく見せたいと真っ白なスーツに、カツラに
サングラス・・。この努力は素晴らしい。
これは遠くから見れば確かに昔と同じであり、スターの座に上り詰めたその「十八番」も
同じであるが、時代が変わったことに気づいていないかの演技に、なんとも
複雑な気持ちを抱き、憐憫というか、なんというか・・・見ていてつらくなってきた。
他のお客様は同じ芸人芸を見て、何を感じられたかはわからないが、
私は芸人の生涯現役の難しさを感じていた。
セリフが、芸が覚えられなくなったら、体が動かなくなったら
引退しなければならない。
引き際が大切・・だけど・・・それが自分だから、それから身を引くことは
イコール・・・。
そんな厳しい仕事なのかもしれない。
あまりに昔、流行ったからといって、いつまでもトリをつとめるのも
いかがなものか。もしかしたら、古い業界なのかもしれない。
会場アンケートぐらいとって、どれが面白かった・・と聴いたら
答えは出る・・。でもそんなことはしないで、「あの懐かしい芸人も出ている」
というのも、その演芸場の特徴と理解すべきなのかもしれない。
もしかしたら芸人にも優しい演芸館か?
とにかく、最後の芸人さんを見て、芸人魂とは何か、生涯現役とは
何かについて、いやおう考えさせていただいたことに
複雑な意味で感謝だ。
たゆまぬ訓練、そして、時代の変化を感じ、認め、そこで現役で
あり続けるならば、自分も変わっていく努力。
人に感動を与えるという仕事は、体を張った覚悟が必要なのだと
痛感した。
芸人とはすばらしき、そして悲しき職業かもしれない。ということも
知ることができて、良かった。