悔いのないように。ただそれだけ。

先日の投稿で、
亡きお母さまのことを今も思い出し、毎晩起きては
ああしてあげればよかった、こうしたらよかったと
胸を突く思いになる・・という知人の話を書いたが、
他人事とは思えないことがある。

先日、父と一緒に1時間ほど散歩に出かけた。
ふたりで一緒に歩いたことなど、ほとんどなく、
いつも一人で、もしくは同世代の人と歩くことが
多いため、自分の歩くペースについてこんなもん
と思っている。

ところが父と一緒に歩いたとき、
自分では少しゆっくり目に歩いていたつもりが
父にはしんどかったようで、
「おまえ、歩くの速いわ」
といいながら、がんばって一緒に歩いてくれた。
父にしたら、運動のつもりでがんばっていたのだろう。
ただ、もう80歳だ。昔のようにはいかない。
椅子があると、休憩したくなる。
時々休みながら、がんばって歩いた。
最後のゴールのところに向かって父は
椅子をもとめて一生懸命歩き、ちょっとよろけ、
ころびそうになった。
その父の足元の不安定感に驚き、思わず
謝った。
いつの間にか、私はいつもの速さで歩いており
父はそれに必死についてきていたのだ。

あれから、毎日毎晩、父がよろけそうになる
あの光景を何度も思い出し、
ころんでいたら・・・と思い、申し訳なく
思う。
もう絶対に自分のペースで歩いてはいけない。
あまり長時間歩かせてはいけない。
と心に誓う。
もちろん運動も必要なので、ゆったり楽しく歩けるように
心がけよう。

父はおかげさまで元気で生きている。
だから、取り戻せる。
あとで悔いが残らぬように、どんな小さなことでも
気を付けていこう、もっと寄り添おうと思う。

人は悔いや反省をもちながら、生き続ける存在だと
思う。
せめて、今できることはきちんとやっていこう。
老いた親を転ばせてはいけない。

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