オーケストラのコンサートなどで、盛り上がったときにほんの一瞬、「ジャーン」と大きな
シンバルが鳴り響くあの場面が頭をよぎる、今回の演劇での演奏。
演奏会ならば、演奏だけをお客さんが聴く。
演劇の場合は、セリフの前に、セリフと一緒に、そしてセリフの合間、後に・・・と
いろんな演奏の場面があるが、それぞれに役割が違う。
基本的に音楽は、登場人物の「心情」を表すものなので、形が違ったセリフ。
それを理解すればするほど、実は緊張するのだ。
しかも台本を見ながら、自分の演奏する出番を待つ間には、手に汗がにじんできて
鍵盤が湿ってくる感じがする。演奏中に指が滑ったらどうしようとか思うとき
「うまくいく、うまくいく。大丈夫、大丈夫」
と念じながら、その出番を緊張しながら待つ。そして出る瞬間も間違えないように
慎重に慎重に台本を目と役者の声で確かめ、その出番に備える。
その瞬間が2時間の作品のなかに10回余り登場する。
最初もピアノから、最後もピアノで。
最初は、ちょっと難しいピアノ曲から・・・。観客に「なんだか凄いみたい?」
と思わせるように・・と作家と相談して決めたのはわが初恋の人、ベートーベンの
ソナタよりテンペストの冒頭の部分。
マーケティングコミュニケーションの世界でいえば、AIDMAの
Aをこの曲でやる。インパクトある曲で印象付けて、作品に引き込むという意図がある。
これも、なかなか緊張だ。
その緊張を維持しながら、劇中を過ごし、そして
最大の緊張はラストシーンだ。
最後は観客も感動でいっぱいになっている。そこでピアノが失敗したら作品が台無しになる。
心臓が飛び出そうなというと大げさかもしれないが、それぐらいの気持ちでラストを待ち、
そして弾く。
セリフも終わり、舞台は暗転、ピアノの音だけが残り、ピアノだけにライトが当たり、終わる。
きたきたきた・・・という感じで、最後を迎える。
最後の音を外すな、外すな・・絶対に外すな~。心で叫びながら鍵盤をたたく。
この瞬間は、地震がきても火事がきても、集中だ。
そこで、交響曲のシンバルを思い出す。
あのシンバル。出番は少ないが、効果は絶大。でも、演奏者は他の楽器の邪魔に
ならないように、また楽器を持つとき落とさないように、よけいな音を出さないようにと
かなりの神経をつかい、とても緊張しているはずだ。
このクライマックスでのバクバクドキドキは、千秋楽まで続く。
9回の本番があっても、毎回違うお客さんが来られるのだ。
一期一会の感動をつくるには、役者の芝居と同じように演奏の質も問われている。
と、考えると、今書いていてもドキドキしてくる。