「終活」という言葉をよく聞くようになって久しい。
なんでも「活」を付けることで
ビジネス化しようとする向きは、いかにも現代的な発想かも
しれない。
また、「エンディング」とカタカナのネーミングで、こちらも
ビジネス化へ意図が見える。
この言葉をよく耳にすればするほど、違和感を感じてしまう。
エンディングよりも、そこにいたるプロセスをもっとしっかり
するべき。生きている今が、一番大切なのに・・と。
人生に起承転結、あるいは春夏秋冬があるならば、こちらをまず
しっかり生きることが大切。エンディングとは、実はこの人生の
ヒストリー、展開の「結び」とは同義ではない。
人生をどう完結させるか・・は、遺言を書くとか、身辺整理をする
ということとは違うのだ。
私は今のところ、親に遺言を・・・というすすめはしないで
おこうと思っている。
死ぬことを想像させることが、可哀想だと思うし、それは
年を重ねれば重ねるほど、死は怖いものだと思うに違いない。
人は、いずれそろそろ・・というときには自ら何か行動を
起こすのだと思う。もちろん準備をしないで人生を終わる
こともあるだろう。
エンディングとは、本編のあとの話。
まだ元気に生きているのだから、まずはこの与えられた
今を。どう生きるか。
が優先だ。
と言っていられるのも、ひとえに親が今元気にいてくれる
からだろう。
エンディングはどうにでもなる。
そんなことよりも、いい人生を最期まで満喫してほしい。
生きている限り、
エンディングより、クライマックスを大切にしたい。