おかげさまで両親とも元気だ。父は78歳の誕生日を最近迎えた。一緒に住んでいないため、
1か月ぶりに会うとその間に起きたことを唐突に話し始める。電話やメールがあっても、その都度の連絡はこない。会ったときに言えばいいという感覚のようだ。
些細なことで「なぜ、先に言ってくれないの?」と言い始めると、父はうつむいて言い訳のようなことを言う。「人の顔みて話してよ」といつの間にか、ケンカモードになっていく。
お恥ずかしいが、そういうわが家で育ち、それが嫌で家を出て30余年。
今回はライブ本番の日。一生懸命スタッフとして?準備を手伝ってくれる。そういった行為をありがたいとわかっていつつも、それはそれと口喧嘩は止まらない。「お父さん、〇〇さんがお父さんは優しい人だねと言ってたんだから、そんな喧嘩みたいな言葉はしないほうがいいよ」と言ったとたん、父が突然泣き始め、びっくりした。
なんで泣いた?何か悪いことした?言った?父の強がりがすべて反対の想いであることはわかっていたけれど、父親を泣かせてしまい、こちらもついもらい泣きをする。
父の涙は、これまでほとんどみた記憶がない。年を取って涙腺がゆるんだというのもあるかもしれないが。父をもっと大切にしなければ、支えていかねば。と、そんなことで1日がはじまったふるさとライブも両親や皆さんのおかげで無事終了。本当に泣き笑いの秋の一日であった。
泣き笑いの秋日和
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