そのタンゴ歌手とピアニストは、70代~80歳前後だ。
以前、一度演奏を聴き、その生命力、衰えることのない、若者に負けない表現力に心底惚れた。
この町で出会う、素敵な男性にはそんな世代の人が多い。その人たちが放つオーラがすごいのだ。
彼らの素晴らしい歌唱力をもう一度注入したく、夜はちょっと危険でもあるサンテルモ地区にあるカフェのタンゴショーに向かう。とてもじゃないが、夜の一人歩きは怖いため、送迎サービスのお世話になる。
そのカフェバーでは毎晩ショーをやっている。
正直、大掛かりなショー施設もあるが、私にはステージが小さくても、そこで繰り広げられるショーに愛着を覚える。ダンサーやミュージシャンたちに息遣いや、汗までが見える、まさにライブ感あふれるステージが好きだ。
そのステージで今回もバイタリティあふれる歌、ピアノを聴きながら、タンゴに懸ける人生を思い、表現者としての素晴らしい仕事に感動した。
彼らはいくつになっても、観客を魅了し続けている。
年老いているからの感動を与えている。
若者と一緒に、演奏している。若いダンサーに華を添える素晴らしい演奏だ。
老いも若きも一緒に演奏しているその世界は、なかなか見られない光景。
文化の世代交代もされつつ、年長者が尊敬され、尊重されている素晴らしい世界。
タンゴの歴史の流れに沿ったプログラムで観客を楽しませる。
最期はラ・クンパルシータで締めくくり、最高潮のうちにショーは終わる。
シニアの歌手は歌いながら、茶目っ気のある表情で観客を魅了した。
ピアニストは彼以外の若きミュージシャンを最後までリードし、演奏をまとめた。
ここでも、「アディオス・ノニーノ」が演奏されたが、ピアノパートのむつかしいところもさすがだ。技巧よりも精神が勝っている感じ。年季が入っているのだ。
ステージが終わると、さっきまで力強く演奏していたその歌手、ピアニストは
普通のおじいさんに戻っていた。
歌手のおじさんは、さっそく着替えて 毛糸の帽子をかぶってチャオといいながら
すぐ帰っていった。
そう、彼らにとってはこのステージは毎夜のおつとめ。それを何十年も続けてきたのだろう。
本当のプロフェッショナルがいる街。
先日来日した、ウルグアイの元大統領にもちょっと似たおじさまたちが、
この町でアルゼンチンタンゴという文化を、生涯現役で、守り続けている。
その背中を見ている若者たち。彼らも誇りをもって。受け継いでいくことだろう。
ブラボーなじいさま。かっこよすぎる。