話は、先の原稿に続く。気の優しい、でも少し注意を要するギタリスト兼店のスタッフのミゲルと何やかんやと話し続けていたところ、店のドアが開き、ひとりの紳士が入ってきた。すると、店全体の空気が変わった。紳士は80歳前後に見える。それ以上かもしれない。往年のタンゴ最盛時を生きてきた著名なミュージシャンたちと同時代を生きてきたような風格。冬が近づいているため、その紳士はすでに厚手のコートを着ている。それまで私と話していたミゲルの表情も変わった。そう、このカフェのボスが来たという感じだ。
ひとりの老人が入ってきただけで、従業員の態度が変わったのを感じた。ミゲルや給仕スタッフたちが、その紳士に私のことを話に行く。
その紳士との初対面。
実はその人は、このカフェに何度かきているときに、見かけたことがあった。常客か店の人かとは思って見ていた。どうやら、その紳士は店の運営面の責任者とのこと。
ミゲルはその責任者に丁寧に、敬意をもって近寄り、そして、この店の曲を作り、そのCDを持ってきたそうですよ~と、私のことを話をしてくれた。
マネージャーは笑顔で私に握手を求めた。アップで見たその紳士は凄みと温かさが同居しているように見えた。そして、ミゲルいわく世界で2番目に古いといわれる、この店に人生を捧げてきた、その老舗カフェの文化がそのまま染み入った人生を過ごしてきたような、そんな安定感のあるで表情でもあった。
そして、そのマネージャーは、スタッフに店が発行している広報誌に、このことを掲載するように指示していた。私はミゲルの通訳を聴きながら 驚いた。へ?記事にする?どうやって?。そんな恐れ多い話は、話半分に聞いておく。(実際にその広報誌も渡されたが)
それはそれとして、とにかくそのマネージャーに会え、彼とハグできたことが、最上の喜びとなった。「その曲はタンゴか?」アルゼンチンの人は、必ずそう言う。
彼らにとっての音楽は、イコール tango。
ミゲルに渡した1枚のCDと別に、持っていたもう一枚をこの紳士に心を込めて進呈した。
そのマネージャーが店内奥にいなくなるまで、空気は彼への尊敬の気持ちがあふれ、若いスタッフたちも心から敬意を表しながら、接していたのが印象的であった。
わが愛するカフェの歴史を創ってきたその本人に思いがけず会え、思いを伝えることができたのは本当にうれしい限り。
次回は、VALSASではなく、本格的なTANGOも創るとするか。
ミゲルから「会えてよかったね。週末にはショーのオーナーにも渡しておくから」と、硬い約束をし、「また来るね」と言い。店を出た。
店に入る前と、出る瞬間。わずか1時間ほどの滞在であったが、さっきと違う自分がいた。明日が勝手にいつもの楽譜屋に向かう。
またあの紳士に会えますように。どうか元気でいてください。
気持ちを受け取ってくれて・・・ほんとうにうれしかった。グラシアス。
カフェトルトーニ・・・わがメロディを口ずさみ、そのままいつも寄る楽譜屋に向かった。