大人は静かに暮らしたいだけ。

神楽坂に生まれ育ち、60余年という方との時間をいただく。私は京都から上京してこの地に出会い引っ越して20余年なので、私の3倍以上もこの町の変化を体感し、その変化とともに生きてこられた方だ。20年前と比べても、この町は変わった。その方は、町の変化、時代の変化、そしてご自身の人生設計などから当地での商売を一昨年前にやめられ、今は自由にセカンドライフを過ごされているようだ。「昔は本当によかったわね。」という一言もこの町の本来の魅力を知り抜いているから出てくる言葉。新しい店がどんどんできているけれど、本当にいい店って・・。流行りはあっても、老舗がなくなっていく・・。さらに、オリンピックなんかやらなくていいのにね・・という共通の話題。そう、静かに普通に暮らしたい住民にとっては、迷惑なだけだ。税金の無駄遣い。一体、何のため?と、何かと価値観を共有できる人が神楽坂という町にいてくださるのもちょっと嬉しかったりする。静かに普通に暮らしたい。バブルなお祭りごとは、誰のため?40年以上前から、子育てしながら仕事を続けてこられているその方からすれば、最近の一億総活躍云々も、首をひねってしまうこと。なんといっても、その方のおばあさまが、「朝が来た」ではないけれど、昭和の職業婦人の先駆けであったということも、その方の人生に影響を与えていることだろう。いろんな歴史、キャリアを経た後は、ただ静かに穏やかに生きたい。本当にがんばった方だからこその重みと落ち着きを感じつつ・・・。日本はもう、大人の国になるべきなのに・・と素敵な神楽坂人との時間をいただき、思った春の午後。

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