あまりにフランシスコ・ザビエルのことを親しげに、あたかも会ったかのように語り続けているせいか、ある人がその世界の偉人のことを「ザビさん」と言うようになった。いろんな人の心に、浸透しているのだなと思う。
このザビさんは、キリスト教、そして結果的に西洋文化を東洋に伝えた。伝えるもの、こと、形、時代は違えど、彼こそがコミュニケーションクリエイターだったかもしれないとまたまた勝手に思い、その人自身が何かモノを作ったりはしていなくても、「伝える」人がいて伝わるべきものは伝わるわけで、伝道者という職業、生き方はやはり尊いものだと改めて思う。
マカオの近くの上川島というところで、12月3日亡くなった。その地にほど近いということで、ポルトガルの領土であったということもあってザビエルのことは死後、いろんな形でこの地に根付いており、ザビエルの名を冠する教会も複数ある。
そして、繁華街の中心、セナド広場を少し外れた坂の上にある、聖ジョセフ教会はまさにザビエルらがつくったイエズス会による由緒ある教会で、そこにはなんとザビエルの遺骨が納められている。
実は昨年、ライブツアーを企画する時点、そしてザビエルサミットからはじまる国内ザビエル縁おっかけ活動をはじめる前に、ここに来ていた。インドのゴアではなく、このマカオにザビエルの一部が遺っていることに感動、生きていたザビエルをはじめて実感したのであった。そして、今回は報告にやってきた。
誰もいない教会で、ひとりその遺骨に向かって~フランチェスコの夢~を歌う。もちろん小さな小さな声で。
ザビさん、次なる展開はどうしますかね?と、人が聴いたら、この人??と思うことを自然にする。
この1年間、思わぬ形でいろんなことがおきた。そんなことが450年も続き、繰り返されているのだ。
歴史とは、世界とはそんなものよ。ただ、自分が生きているこの短い、瞬間に何をするかということだけだ。
恐れず、おごらず。やっぱりザビさんは大切な心の支えだ。報告を得て、次への構想があれこれわいてくる。
ザビさんに報告。
カテゴリー: Essay (Word) パーマリンク