お世話になっている方たちの体調がいろいろ気になる。癌の治療に専念されているある方。病院での治療後、ご自宅で静養されているが、かつての元気がなく、メールも今しばらくお休みされ、ときどきショートメールが入るぐらい。そこにも痛い痛いと書いてあり、治療して痛いとは癌の恐ろしさを知り、恨みたくなる。痛みが消えたら、元気になったら、ぜひまた食事しましょう。というが、力が入らない。
音楽活動をやっておられる知り合いからはコンサートのご案内をいただきながら、そこに書いてあるメッセージ。体調が不良で、自信がない・・本番が怖いとも書いてあり・・。こちらも他人事と思えず、心が痛む。
いずれにも、エールを送るが、言葉では何もならないこともよくわかっている。が、がんばって生きよう、頑張ってやり遂げようとされている方を応援し続けたい。祈るしかできないけれど、本当に痛いのも、辛いのもどこかへ飛んでいってほしいのだ。
誰にも辛いこと、痛いことがある。それを乗り越えて生きなければならないときは、本当につらくてしんどい。
だから、どこも痛くないときほど、用心してそのありがたみをしかと受け留め、大切に生きなければならない。
周囲のどなたもが元気で、笑顔であってくれたらいい。痛いとき、苦しいときどこかに手を合わせたくなる気持ちがよくわかる。
1日も早く、その痛みが癒え、「良くなったよ」の一声が聴きたい。本当に世界中の「痛いの、つらいの飛んでいけ~」と思う日々。
いろんなシェアを叫ぶ世の中、愛する人たちの痛み、苦しみを本当の意味でシェアすることができないのが、つらい。痛いならさすってあげたい。でも、そっと見守ることも必要なときがある。
痛いの、つらいの飛んでいけ~。
カテゴリー: Essay (Word) パーマリンク