今朝、ウィーン少年合唱団の演奏を久しぶりに音楽番組でながら見した。
もう何年も前の再放送なので、当時の美声の少年たちは、すでに成長
され、変声期も迎えているかも・・・。
など、勝手に想像しながら、わが小学生の頃の合唱団時代を思い出した。
長良川少年少女合唱団。何年生で入ったのかもう覚えていないが、
おそらく3年生か4年生の頃か。
そこでさまざまな名曲を知ることになる。
電子オルガンで習うポップス系の音楽とまた違う、日本の世界の歌曲、
クラシックとの出会いも、合唱団での経験がはじまりだったかも
しれない。
合唱団はそののち、「岐阜少年少女合唱団」という名前になった。
シンボルマークは鵜飼の鵜のイラストだったかも?
民謡からビートルズから、そしてベートーベンとの出会い。
ピアノソナタの8番悲愴に出会ったのは、なんと合唱団での歌唱から
だった。なんと悲しくも美しいロディーが、世の中には存在するのか。
三楽章を唄って、クラシックをもっとやりたい、ピアノをちゃんとやりたい
と思い始めたのだと確信する。
さらに、海外の少年少女合唱団との共演。今から思えば、ウィーンの森
少年合唱団、ルーマニア合唱団、そしてソウルの合奏団・・・。
インターネットもないころに、来日した海外の合唱隊の皆さんと出会い
しばし交流することは本当に楽しかった。
住所を交換して、しばらく文通していたこともあった。
ああ、あの頃の手紙を保存しておけばよかった・・と今となって悔やむ。
合唱団に所属していたおかげで、NHKの歌番組にも出演することが
できた。「歌は友達」というプロの歌手と、全国の合唱団が出演して
それぞれが歌い、そして合唱も・・。今から思うと、本当にいい番組に、
なんと出演することができ、わざわざ親が衣装をこさえて(今から思えば、
ファッショナブルではなかったけれど・・)テレビ出演に臨んだ日々。
田舎者だけに大変な行事であった。
と、このウィーン少年合唱団の唄声を聞いて、わが少女時代の唄との
さまざまな思い出が蘇った。
あの頃も「歌は友達」。そして、今も同じ。
いや、もっと友達どころか、自分が歌そのものになっているかもしれない。
生きている限り、歌とともに。
私の存在を明らかにするために、生きている証しを確認するために、
そして、生きる歓びを感じるために。
歌は存在する。
そうそう、ベートーベンの第九の合唱も、自分の内面の成長に大きい
影響を与えてくれた。
フロイデ!
歌とともに、生きる。なんというしあわせ。
そのことを、少女時代から学んだ。
そんなことを改めて思い出し、両親や恩師たちに感謝したくなった。
さあ、これからも歌い続けよう!
誰かを元気に、そして自分も幸せに・・・。