両親がなくなってから、実家は第二の仕事場でもあり、創作場になっている。
定期的にパトロールしながら、有効活用している。
とくにピアノ。
実家に棲んでいるピアノたち。
私にとっては、まさにそんな存在だ。
それらは、今回の新しいアルバムの中でも歌っている「大きな古時計」
のような存在かもしれない。
親がいなくなってから、グランドピアノに「まーちゃん」と名付けた。
最初はマドレーヌとか、横文字にしたけれど、やっぱり自分の分身だから
まーちゃんにした。子供の頃の自分は、近所のおばちゃんたちにそう呼ばれていた。
(そういえば、アップライトにはまだ命名していないが、「まあねえちゃん」とでも
命名しようか・・・)
このピアノ姉妹?は、私が子供のころから大きな古時計のように
ずっと私を見てきている。
小学生のときまでは、アップライトピアノ。
(幼稚園のときはオルガンだ)
中学生になってからグランドピアノも入居してきた。
昔住んでいた古い自宅 六畳間に楽器がすべて置いてあった。
ピアノ2台とエレクトーン。今想像したらすごい世界だ。まさに楽器部屋。
親はどれだけ貧乏をしたことだろう。内職を毎日していた・・。
父は車好きであるが、車購入は楽器購入に消えたと母に。いつも言われていた。
その後、30年ほど前に、現在の実家に楽器たちも引っ越した。
私はそのとき、そこにいなかった。京都にいた。
いつか娘がかえってくるであろうというはかない夢で作られた
大きなレッスンでもできそうな部屋。そこに、ピアノ姉妹がいる。
実家に行くと、いつもグランドの方を弾いてしまう。
やはりゴージャスだから、そちらで弾くのが当たり前になっている。
アップライトはその傍らでじっと私を見ているのだろう。
ピアノには、演奏する前も、途中も、終わった時も
話しかけている。
そしていつも二言目には、
「まーちゃん、ごめんね。」という。
18歳で岐阜を捨て、京都に行ってしまった私はこのピアノたちを
置き去りにしたのだ。
それから35年近く、ピアノはほとんど弾かれず・・・であった。
それが急に、私が自宅のピアノを頻繁に弾くようになった・・。
一度見捨てられたピアノたちは、
なんじゃ?急にかえってきて!と思っているかもしれない。
置き去りにしていったから、ごめんね!なのである。
でも、グランドのまーちゃんは、いい音を出して、演奏させて
くれる。本当にありがたい存在だ。
このまーちゃんは、私の若き日の音楽人生を一番見てきた存在だ。
18歳の時の方がうまく弾けていたのは、まーちゃんが一番知っている
はずだ。でも、今、私はそこに追いつかねばと思っている。
マーサとまーちゃん。
死ぬまで、一緒にいたいと思っている。
それぐらい、私にとってはかけがえのない親友なのだ。
置き去りにした分、大切にしなくては。
それが両親へのお詫びと感謝の気持ちでもある・・・。
まーちゃん、そう呼ばれていた少女時代。
あまり変わっていないような、そんな気がする。
昨日はピアソラの楽譜を見ながら、所見で演奏をしていた。
クラッシックからアルゼンチンタンゴまで・・・
鍵盤に向かっていれば、勝手に指が動く。新曲も沸いてくる。
まーちゃんは、なんでも付き合ってくれる。
私の想いを音にしてくれる。最強のパートナー。
まーちゃん、ごめんね。ありがとう。
父さん母さん。素敵なお宝を、ほんとうにありがとう!