敬老の日に口喧嘩もあり?

いやはや、親子関係とはなんともいえない、NOといえない?因果なものである。生まれたときからどちらかが死ぬまで、消えない「血縁関係」。ふ~。感謝もするが、すぐに腹も立つ。自分とは違う存在だとわかっていても、なんとも不思議な関係だ。そんな親も70代後半になると、さすがに老人だ。
世にいう「敬老の日」は、自分の親には関係ないと思っていたが、最近は素直に親も元気ではいるけれども、すでにどこから見ても老人、そして敬老の日はわが親も対象者だと思うようになる。では、たまには父親に敬老の気持ちを込めて電話でもしてみるか、と携帯へ。昔は家にしか電話がなかったのに、今は自宅、父、母と3通りあるので、使い分けに気も使う。さて、父親が久しぶりに電話に出る。母親とは毎朝6時のメル仲であるが、父とは1週間ぶりほどか。一言めに「元気?今日は敬老の日ですね。元気に長生きしてね」と優しく出るつもりが、懸念事項があり、一言目からついその言葉が口に出る。こちらがそれを発すると、相手にもそれが移って、たちまち言い合いになる。ああ~。昔のままだ。やっぱり老人ではない。思いっきり言い合いになり、しまいに電話を切られてしまう。こちらも負けてはいない。もう一度ダイアルする・・・。とまあ、こんな具合。
電話を切った後も、気持ちはおさまらない。だがものは考えよう。77歳になっても、全力で向かってくる父親というのは、元気なのだ。そうお元気なのだ。だから、いいじゃないか。いつか、いい思い出になる日も来るだろう。そのときはきっと違う気持ちでいることだろう。
どうやら、わが家の敬老の日はキレイごとでなく、生身の全力コミュニケーション。そろそろ、こちらが疲れてくるのだけれど・・。元気にバトルコミュニケーションが今だにできていること自体に感謝するとしよう。

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