静かに見守る、待つという応援

お世話になった知り合いは、病されていたときに「空元気出していこう」と、最後の暑中見舞いに書いてこられた。
元気が出ない、もう元気はない。でもせめて、「から元気」をという。いつも元気、元気に走り続けてきたその人だから、そういわれたのだろう。よく理解できた。でも、そのあと病気が進行して、そのまま戻らぬ人となった。「空元気でいこう」という言葉は、今も忘れることができない。
どんなに親しくとも、しんどそうな時に、がんばってね。元気でね。と声をかけることは、時において相手にとってやさしさではなく、苦痛になることもあるかもしれない。
今、病と戦う知り合いがいる。10年以上のおつきあいになる。発病後も、時々のメールのやりとりで自分なりの言葉をかけさせていただき、ときには会いに行き・・・食事をしながら、いろんな話をして・・。病気を意識させないように、せめてもと 以前と同じように楽しい時間を過ごすようにしてきた。「寝たきりじゃないから、幸せですね。そろそろ終活もしなくちゃ」とまじめに言われて、返す言葉に困ることもあったが。
最近、ちょっとしんどい様子が伝わってくる。そして、「メールもしばらくお休みします。元気になったらまた必ず連絡しますから。」との結び・・。
静かに祈り、待つ。心の中でがんばって!と言いながら。
大切な人たちが、空元気も出せなくなる・・・。なんとも言えない。
自分の無力さを感じつつ。
静かにそっと見守る。思いは通じるだろう。必ず、通じてほしい。絶対に。

カテゴリー: Essay (Word) パーマリンク