15年ほど前の食品関係の見本市。その展示商談会は今も続いているが、一般よりも業界向けの商談の場として内外から多くの来場者を集め、活況を呈していた。その場で偶然出会ったその人。九州の焼酎メーカーの営業としてブースに立ち、積極的に来場者に声をかけていた。若いな~。元気があるな~。そのときは「焼酎女子」という印象。なぜか磁石のように引き寄せられ、笑顔で名刺交換をしてから彼女との交流がスタートした。見本市で出会ってから商談ではなく友人になってしまうという例も少ないが・・。当時お酒を売る仕事をしていた彼女は、鹿児島拠点にがんばっていたが、ある日突然「看護師になります。」といって専門学校へ入るとの報せ。そして住み込みで勉強をして努力の結果、見事、看護師になった。へえ、焼酎の営業してから、医療の現場へとは凄い転身。そして「マーサさんもいるし、東京へ出ます」そんな言葉を聞いたか聞かないかは、もう定かではないが、なんと本当に東京へ引っ越してきた。看護師という仕事はどこででもすぐ働けるからその点は動きやすいのかもしれない。その間、涙も笑いもある再会もあり・・。そして私の各地へのライブへも参加してくれて、思えば、東京のみならず、京都へも新潟へも足を運んでくれたことも懐かしく・・・。そこで出会った人々との交流も持ち前の明るさで積極的で・・・どんどん東京でも仲間を増やしていき、仕事のキャリアも積まれた。南米への興味という点でも、共感。北米は水が合わないと言っていたが、探検家のごとくどこへでも行き、新しい挑戦を厭わないという点はあっぱれなぐらい・・。彼女が勤めていた病院で、ボランティア演奏を1年させていただいたことも今となってはありがたい思い出・・。そんな彼女と何年かぶりに食事をし、近況を交換する。今はスペイン語を習い、ラテンな人たちとの交流を行い、なんとまあサルサも始めたと言い始める。昔、ライブでタンバリン演奏を突然ふって、迷惑かけた思い出がよみがえり、笑ってしまう。環境が変わると、どんどんいろんなことへの興味も増え、活動も広がるようだ。
現在の仕事は都内での訪問看護。いろんなお宅を回って、お年寄りたちのお世話をされている。いろんな人に出会った、学んだ、楽しんでいるその経験が彼女の全身に現れている気がした。おおらかさは変わらないが、気が付けば、自然に「全身」で話すようになっていた。おそらく国籍の違う人との交流、お年寄りとのやりとりのなかで、「ちゃんと伝えたい!」という強い意志がそのコミュニケーションスタイルになってきたのだろう。
15年前の彼女とは違う、とても成長された大人の彼女と出会った気がした。
「マーサさんはやっぱりオネエチャンですね。」と言ってくれる。意識したことはなかったが一回りも下の彼女、これからがますます楽しみだ。
彼女の生きるステージの変化を追いかけながら、彼女の成長と充実した人生をわがことのようにうれしく思ったりする。
妹たちががんばってくれると、おねえちゃんもがんばれる!という感じ。
お互いに自然に背中を押し合って・・・。
次の転身も、心のどこかで期待しながら・・・。グラシアス。
環境変化を求め育ち、そしていいオンナになる。
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