時々、20代のときに取材させていただいた花園大学の当時の学長盛永宗興さんの
言葉を思い出す。
「学生が、がんばってます、がんばってます。とよく言いますけど、東京向いて
行かないといけないのに、神戸の方向いて、がんばってます。いうんですわ。
あれは、間違ってますなあ。・・」もうお話しをお聞きして30年以上経とうと
しているのに、今だによく覚えている。笑いながらお話しになっていた様子も
くっきりと思い出す。
そう、よく人は「がんばらなくちゃ」とか「がんばろう!」と言って、自分や
周囲を鼓舞することがある。私自身もそうだ。
でも、単にがんばるでは意味がない。どっちを向いてがんばるのか、何を目指して
がんばるのか。があって、がんばる意味が、価値が出てくるのである。
やみくもにがんばっているだけでは、何の成果も結果も得られない。
と、この若き日にお聞きしたありがたい言葉を、なぜかふと思い出した。
私は、どっちに向かってがんばっているのだろう。果たして、この向きで良い
のだろうか?
この点検は、時々必要である。
自分が自分らしく、生ききるためには、無駄な回り道をしている時間も
もったいないのかもしれない。
若いときと、年を重ねてからでは残された時間も違うから、そのあたりも
よく考えなければ。
どっちを向いて走る?何を?何のためにがんばるのか?
問い直し、必要であれば方向転換をすればよい。
盛永先生は自分が出会い、直接会話させていただいたなかでもっとも
尊敬する僧侶のひとり。経営者の方もよく会いに来られていたのが
よくわかる。
いい顔をされていたな。やさしくも強い言葉であった・・。
どっちを向いてがんばってる?
時々、自らに問うてみよう。
どっちに向いて努力?
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