脱〇〇を、今こそ。

最近、世界で活躍する学者の話を耳にすると釘付けになってしまう。
(もちろん通訳付きであるが)
とくに、NHKで時々特集される「欲望の資本主義」。このタイトルからして、とても共感しているし、そこに登場する学者たちのコメントが本当に的を得ていると感じている。

ジャック アタリ、エマニュアル ドット、ジョセフ ステイグリッツ、ダニー ドーリング、マリアナ マッツカート、フィリップ マギヨン、、、。などなど、インタビューに出る顔ぶれが変わるたびに思わずメモをとる。まだまだ自分がいかに不勉強であるかを知るとともに、共感できる発想をしている人たちが、この世に存在していることに喜びを感じる。

ジャックアタリや、エマニュアル ドットはすでに過去に何度も名を聞き、著作にも
触れたことがあるが、経済学者としてだけでなく思想家としても、
本当に素晴らしいと感心する。
またジョセフ ステイグリッツはノーベル賞受賞の経済学者。さすがスケールが違うし、
話し方、その表情になぜか人間味があって好感をもっている。
(さすがに、学説と表情は関係ないが)

他の方々も、経済学、地理学とそれぞれの専門分野から今の世界を俯瞰し、
未来の目線から見て提言されており、いずれもシャープでクリア。
知的な人々は好感がもてる。こういう世界に身を置きたいと思う。
まだまだ不勉強な自分はもっと世界を知らねばと刺激をもらい、著作もチェック。

彼らが共通して言っていることは、もうアメリカ主導の時代ではない。ということ。
また経済をもう一度、原点から見直し、今こそ、根本的に考え直さねばならない
ということ。

20世紀後半、モノからコト、コトからトキを求めてきた消費者、
それに応えてきた企業、突き進んだ結果が、現在のモノ不足・・という皮肉な結果。
もともとは生活必需品を供給し、需要にこたえてきたはずが、いつの間にか無駄な
ぜいたく品やコトに目が奪われ、気が付いたら生活に必要なものが高くて買えない・・・
なんという結末?

また数字を挙げることだけに専念してきたこの100年。
それが豊かさだと勘違いしてきたが蓋を開けたら、格差、分断・・・。
豊かになった人はほんの一握り。
それどころか、心の豊かさも奪われて・・・。
最近の車の修理サービスの会社の一件も、
数字のみを追いかけてきた結末だったのでは?

何のためにつくるのか?何のためにがんばるのか?誰のための仕事?会社?
それが見えなくなってきている今の世の中・・・。

上記の学者たちから、今、GDPはもう不要である。
という提言があり、共感する。
そんな数字での勝ち負けよりも、世界一であろうがなんであろうが、
そんなことよりもブータンのように、
幸福な暮らしを希求する方が価値がある。

また相対的な競争は意味がない。絶対的存在を目指すべき。
このことは、自分も20代からずっと思い、自分の生きざまではそれを、
貫きたいと思ってきた。

今、脱〇〇を考えていく必要があると思う。
脱GDP、脱グローバルスタンダード、脱20世紀型のマーケティング、
脱日本型のおじさん社会、脱旧式政治、脱スピード主義、脱・・・・。
いろいろある。

人のことを言っているだけでなく、自分自身も脱○○をしなければならない。
暑い夏。なぜこんなに暑くなってしまったのか。と反省しながら、脱〇〇を考えよう。

せっかくSDGsを全世界で取り組もうとしていても、この欲望の資本主義が
蔓延している以上、地球は良くならない。
だから、こんなに暑いのだ。

今日から8月。今年が最高に暑い。と信じて、なんとか元気に生き抜きたい。
そして、脱〇〇。何からいこうか。

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