「たんこぶ」「いしころ」を愛しむ!?

先日書いた本ブログの中に、心の「たんこぶ」について触れたものがあるが、読んでいただいた方から、いろいろ反応があり、面白く感じている。
「私の人生も『たんこぶ』だらけ・・・ですが、痛いからやめておこう・・とは思わないね。人生たんこぶの数だけ価値があると思うから。」「ぼくも『心のたんこぶ』とともに人生の成長を実感しています」などなど。みなさん、なんと前向きで、また共感できる人たちかとうれしく思う。
この「たんこぶ」という言葉自体が懐かしく、また愛着を抱く。今は、アニメの世界でいたずら小僧にしか見られないのだろうか?今のこどもで、「たんこぶ」を作った元気なわんぱくっ子ているのかな?とふと思ってしまう。
たんこぶは、正義の証し。正々堂々というイメージがある。大人になっても、この勲章をなくさずに生きるのがよさそうだ。
この「たんこぶ」という四文字のノスタルジーワードをなんども唱えていて、なぜか浮かんでくるのが「いしころ」という言葉だ。
私はこの存在も好きだ。ある知人が「いしころ」をモチーフに歌を書いていたし、また別の方が「いしころのうた」という作品を書いており、それを子供のころ、合唱団で歌っていた。なんとも力強い歌だった。石ころのような存在。これがいい。間違っても私はヒスイであるとか、ダイヤモンドであるとは思わない。そこらへんにある石ころ。家人とも冗談でよく話す。「生まれ変わったら石ころかもしれないね~」そう、石ころの存在感って、深い意味がある。
いずれにせよ、「たんこぶも、「いしころ」もいい。とにかく、まっすぐ自分らしく生きたいだけだ。

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