耳の痛い言葉は良薬に。

年を重ねると、だんだん嫌なことを言われなくなる。
誰しも、そんな傾向にあるのでは?
子どものころは、耳の痛いことをよく言われた。
親にはとくに言われたのだろう。具体的には覚えていないが。
あるいは、気遣いという言葉を知らない子供時代は、
何も考えず相手の悪いところを平気で言って、それが喧嘩に
なることもあったかもしれない。
言われたくないことを言われ、不快になる。
人間誰だって、耳の痛いことを言われるのは
嫌だと思う。言われたくない。

でも、時に言われることもある。
いろんな場面において。
耳にしたときには、なんとも言えない気持ちになる。
頭のなかが、しばし真っ白になることもあるかもしれない。
怒りがこみあげてくることもあるかもしれない。
人間だから、痛いことは基本、嫌なのだ。

でも、考え方を変えるとその痛さも変わる。
この言葉を良薬にしよう。と見方を変えるのだ。
何に効く薬なのか?自分の気づかないことを
教えてもらえた、あるいは自分の配慮のなさや
怠慢を教えてもらえた、そう良薬なのだ。

言いづらいことを言ってくれる人に感謝する。
もちろん、相手はそういうつもりで言っている
のではないことも多いけれど、まあ、相手のこと
はともかく、その痛い言葉は、良薬と思って
生かしていこう。

人間社会、違う価値観、違う人間同士。
なるべくお互いに痛みを感じなくて良いように
怪我がないように、
相手のことを考えながら、そして
自分のことも大切に歩きたい。


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