地球儀を回しながら、生きる。

数年来、「国際報道とジャーナリズム」という講座を受講し続けている。
秋の講座もあっという間に終了となってしまったが、
今回も、言葉に言い尽くせない気持ちでいる。
情熱的にジャーナリストという生き様を見せてくれる講師の
横村出さんへの感謝、感動とともに、
世界に生きるひとりとしての、果てしない責任感を感じるのである。

世界を見続けること。
その動きをしっかり把握すること。
いろんな客観情報を自分のなかに入れ、正しく判断する力をもつこと。
特定のマスメディアに惑わされないこと。
その惑わすメディア自体について、俯瞰してみる力をもつこと。

今、メディアの責任が問われている。
メディアの質が下がったとも言われるし、私もそう思っている。
とくに政治報道については、操作された情報が流出している。
だから、メディアが悪い。という前に、操作する側にこそ、責任がある。
でも、私たちはメディアから出る言葉、情報でしか 政治の正体を見ることは
できない。
だからこそ、しっかり目を見開き、情報を処理し、真実をみつけようとしなければ
ならない。言っていることが正しいのではなく、全てでもなく、言葉の裏や奥を
しっかり想像し、解釈できなければいけない。
鵜のみにしない、ということ。

報道との付き合い方は、難しい。たんに受容しているだけでは
自分のためにならないのだ。
自分の価値観をもち、どんな情報が前に現れても、自分が納得できる
態度、行動がとれることが、大切。
と、今回はそんなことも改めて思った。

生きていると、日々のことに追われ、近視眼的になりがちだ。
そうなりそうなときほど、世界にも目を向けたい。
自分が悩んでいることが、本当にちっぽけに思え、
この平和な朝に感謝の気持ちも芽生えてくる。

地球儀を回しながら生きる。
パソコン前で、ネットの情報を得るだけでなく
できる限り、立体的に世界を想像し、そのなかの自分を
確認するようにしたい。

世界のなかの小さな自分。
一人一人は小さいけれど、意識が変われば、それがまとまれば
大きな力になる。
それが平和や自由のために発揮されること。
お互いがお互いを思いやれる世界に生かされることが
大切だ。

次もこの講義は受講するつもりだ。
今回も、背筋を伸ばして生きるきっかけをいただいた。

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