血液逆流と「かっこ良かったっす!」

今回の朗読劇は1回の上演が約65分。
そして、その前後で単独の演奏があるため、計90分ほど。
これを本番2回、それに向けて、ゲネプロという本番どおりにやってみる
リハーサルをそれぞれ1回。計4回通しでやる。
空き時間は練習もする。
久しぶりに8時間ほど、弾いた1日。

不思議なことにゲネプロでは失敗しない。
「では、本番もこのように!」と安心して、本番に臨む。

コロナ禍がつづくなかでも、会場はほぼ満席。
もちろん感染対策もあり、客席を制限しており、30席ほどではあるが、
お客様が入りはじめると、場が変わってくる。
緊張感がだんだん高まってくるのだ。と同時に、いよいよだな!と
腹が座るというか、なんでも来い!という気持ちにもなってくる。

本番前にいつも思うが、これは単独のライブではなく、共同制作で
あるため、役者も演奏者もそれぞれ責任があるということ。
ひとりならば、その場でなんとでもやり通すが、チームであり、
その場その場が一期一会のステージであり、役者さんひとりひとり
が努力されて準備されてきたため、絶対にこけてはいけない。
間違えてはいけない。と、だんだんプレッシャーがのしかかる。

特に、今回はオーディションを乗り越え、がんばってきた
若い役者さんの大切な舞台である。その成功を支えなければならない。
と、ここにきて、コトの重大性を感じてくる・・・。

こういうときは、ネガティブ発想は禁物だ。
絶対にうまくいくと成功のイメージ、今回ならば、拍手喝采だけをイメージして
本番に臨む。

10分前から、アドリブで演奏。舞台開始までのウォーミングアップ
の時間。次は何を弾こうかと思いながら、鍵盤の上に指を這わせて
あと3分、あと1分・・・。

そして本番。
会場全体がなんともいえない緊張に包まれる瞬間。
1回目の上演。
ゲネプロでうまくいったのに、なぜか1か所、間違えそうになった
ところがあり、咄嗟に回避、なんとかごまかした。
体内の血液が逆流し、心臓が爆発しそうな瞬間であった。

ここは役者とスタッフには、ちょっと間が?と気づかれただろうが、
なんとか、なんとか・・・。
何かあっても、そのミスのダメージを持ち続けてはいけない。
転びかけ、なんとか滑り続けているフィギュアスケート選手と
同じ気持ち・・・と、勝手に思う。
クライマックスに向けて これまた責任重大。
拍手喝さいになるかどうかは、音楽で決まってしまう・・・。
おかげさまで、無事、着地。大きな拍手をいただき、安堵。

と、いつも本番になるとこの感覚が蘇り、
ステージ仕事は、ほんとうに1発勝負であると痛感!
何があってもやりきらなければならない。
身が引き締まる。

だから、お客さんは感動してくれるのだ。
だから、お客さんはチケットを買って観てくださるのだ。

2回目の公演後、ピアノの近くに座っておられた20代前半に見える
若い男性のお客さんが、
「めっちゃ、かっこ良かったっす」
と声をかけてくださった。

役者だけでなく、ピアノも十分見られている。

他にない朗読劇。生演奏付き 言い換えればひとりオーケストラ付きの
リーディングドラマ。
類を見ない。

今日は2日目。
配信用の録画もあるようで、これはこれで緊張だ。
毎日が燃焼。
毎日が青春。

好きな仕事ができる。という歓びでもって
日々地道な努力をされているこの業界の人たちとの協働を
あと2日、丁寧に紡ぎたいと思う。

それにしても、血液逆流。今日は絶対ないように!!

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