昨年の5月。母親は胃がんの手術で胃の3分の2を摘出。その後、奇跡的な回復を遂げ、その後問題なく、以前より元気に暮らしている。
彼女をいち早くカムバックさせたのは、地元のお仲間の皆様のおかげだ。入院時から退院後、その後も家族のように、心配し、励ましていただいた。彼女が喜んで取り組んでいるものに、「農協の女性部活動」というのがあるが、清掃ボランティアから農作物の栽培、調理販売イベント、音楽療法、旅行・・・と、活動の範囲は幅広いが、70代を中心としたおばさんたちが、その活動を軸に、日々の生活をしている。いい意味で昭和の田舎のオンナのコミュニティが健在だ。退院後、すぐにこの活動の輪に戻り、それはそれは元気になった。病気をしたせいで、前より一層、生きていることに感謝するようになり、活動もより熱心になる。
その活動の大きな発表会が年に一度、各都道府県で開催される。この1年、胃がんを乗り越え、さまざまな活動(とくに音楽活動)をやった経験から、ぜひ地元を代表して、活動発表してほしいと母が活動発表の要請を受ける。え?この母が何百人の前で、スピーチ?原稿どおりに?時間どおりに?
そんなこと、できるかな。大丈夫かなと思ったのは、本人だけでなく、私も同じ思いであった。母は本番に向けて、周囲から応援をいただき、一生懸命に準備した。原稿づくりやパワーポイントはもちろん、農協のスタッフたちが担当するが、母はとにかく原稿が時間通りに、うまく読めるように練習した。普段の岐阜弁のしゃべりではなく、標準語で原稿を読まねばならないのだ。生まれての初体験かもしれない。緊張の連続であったに違いない。一世一代の大ステージかもしれない。客席が真っ暗な会場で、何百人が注目するなか、壇上で手元の原稿を見て話す。自分の左にはスクリーンに写真などが投影されることになっている。ビジネスマンではなく、ふつうの田舎のおばはんが、である。
当日、心配で?駆けつけた。母の番になった。客席で、地元のいつもの応援団までが緊張しているのが感じ取れた。
母の発表がはじまった。あちゃ?いつもと違うぞ。あがってしまったんだ・・・。とにかく心配。がんばれ!と心の中で叫ぶ。それと同時に1年前の入院のことその後のことがステージに立つ母と重なった。1年経ってよくこんな大舞台に立つことができて・・と思うと涙があふれた。そのとき、発表の中で自身の健康のことに触れるフレーズにきた。彼女が「皆さん、私をよく見てください。私は体重29キロです・・。でも、この活動の仲間のおかげで元気にがんばっています・・・」というと、会場からどよめきが・・。胃がんで減った体重をここで公表して・・。母はもともととても痩せており、40キロを超えたことは一度もなく、今回の病でさらに痩せていた。会場でもうるっときた人がいたそうであるが、こちらはずっと涙が止まらず・・・困った。発表自体はいつもの母らしくなく、今一つで借りてきた猫みたいなところもあったが、なんとか、無事にやり通した。
客席に母が戻る。彼女を応援してくれた皆さんも、発表が今いちだったことはわかったようだ。練習のとき、リハーサルのときは良かったようだ。仲間の中の一番高齢者のおばあさまが、「よかったてー。マイクが悪かっただけや」と一言、母を励ました。この一言に感動した。
うまくいかなかったことを、「マイクのせい」にする優しさ。さすが88歳の年季が入っている方だ。素晴らしき愛、友情、思いやりだ。
私に「うまくいかへんかったわ」とこぼした母。昔の私の幼き頃のピアノの発表会の逆のようだ。ともかく、大勢の仲間の友情のおかげで、母は1年で見事カムバック。
きっとこの発表会の経験から、彼女はさらにパワーアップすることだろう。でも、「がんばったね」と、29キロのボディの背中を抱いたら、ぐっときた。こんなに痩せても、がんばっている母は、・・・やっぱり私の母である。負けていられない。
胃がん手術から1年のステージ。
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