狂騒から、協奏、そして真なる共創へ。

コロナの祭典。コロナ感染者数と、メダルの数の報道。なんだか本当におかしな現実。なぜ、今、同時進行しなければならないのか、私には今も、まったく意味不明。
お祭りときけば、わくわくじっとしていられない人たちの行動から、
またコロナの祭典が盛り上がる。こっちは記録更新してはいけないのに。

大阪の緊急事態宣言で遊べない、外食できない人たちが近場の滋賀県に出入りして、外食のお店は満員、行列。その結果からか、滋賀県でも急激に感染者が増えたと、地元の人から聞く。
祭りときけば、もういいか、もう開放、我慢したから自由にさせてくれ~。
今、日本中がまさに狂騒の夏となっている。

もういいかげんに。

コロナに感染しなくても、コロナ禍の環境故に寿命が縮まる高齢者がいる。
自分の両親も少なからず、その対象だ。
感染者数、メダルの数。こういった目先のことばかりに目をやらず、どうしたら
世の中が鎮まるのかについて、きちんと導くリーダーやマスコミはこの国には
不在のようだ。

落ち着いた日々に戻りたい。
特別な人の金メダルよりも、子供たちの運動会や、公平にみんなが楽しく
日常をおくることができる、そんな社会がいいのに。

こわれている。
オリンピックより平和を祈る静かな8月6日がよかった。
こわれている。
狂騒曲ではなく、静かな協奏曲が流れる日々、そして言葉ではなく本当の共創社会を今、改めて求める。
早く、終わってほしい。

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