コロナ禍でも、元気にマルシェ。

子どもの頃、実家の近くに毎月〇日曜日に開催される「市」があり、そこに連れて行ってもらうのが楽しかった。
ある敷地に、普段は何もないところに、その日限定の市が立つ。
いろんなお店が軒を連ね、ちょっとした祭りのようであった。
そのハレの日感がたまらない感じ。

今も、世界各地にこの市は健在だ。
個人的には、フランスやドイツ、NYの公園などで開かれているマーケットは
本当に好きで、またぜひ出かけたいと思っている。
生産者が自らつくった製品を、会場にそのまま持ち込み、直接販売するのだ。
世界どこでも、このマーケットは、店の原点、売り場の基本。
マーケティングはここからはじまる。まさに売買が成立する、コミュニケーションが生まれる。自らの想いも伝え、顧客の声も聴け、新たな関係づくりができる場所。しかも常設でないところも、また魅力である。売り手にとっては高額な家賃の負担がない。買い手にとってはわくわく感。
もちろん常設店での安定感はないが。

さて、ちょっとした調べもののため、京都の手作り市を覗いてみる。もう30年以上毎月15日に開催されているイベントで、地元だけでなく近隣から女性客がやってくる。出展者も来店者も女性が多いのが特徴。
雑貨、小物から焼き菓子、パン、香辛料・・・・。
まさに手作りの品々が数多く、会場となっているお寺の構内に立ち並ぶ。
コロナの影響でこういった市も減っているため、出展者にとっては、出展する機会も減り、機会があってもお客も減って・・・なかなか厳しい状況のようであるが、それでも暑いなか、皆さん元気に積極的に接客されている。

そんななか、活気ある売り場をみつけた。さまざまな柑橘類のジャムを販売している。四国の出身で田舎から素材を送ってもらい、京都でジャムづくりをしている。町なかの売り場で見かけない、すべて手作り感満載のジャムたち。
その生産者と仲間が熱心に、通行客を呼び込み、試食をすすめ、そして販売。
見事な品ぞろえと接客だ。
「他のイベントにも出展していますか?」と聞いてみると
「いや、ここだけです。1か月に一度、この市に出てくるだけ。後の日は
 ジャムをせっせと作っています」
「他には出ないんですんか」
「出ないです。うちは、ずっとこの手作り市に30年近く出ていて、それ以外に
 出る意味はないと思っています。予約も入ってくるしね。ここでお客さんと会えるしね」
一か月に一度売る。そのために、他の日は製造に時間を費やす。
そういった商売もあるのだ。

大きな店を構えるのも、夢ある商いであるが、移動式、または限定の販売。
こういった売り方も大いにありだ。
もちろん多大な利益をもたらすとはいえないが、お客さんとの対話を楽しむ、
あるいは、まさにマーケティングリサーチとして、出てみる・・。
いろんな利用法がある。

コロナの影響で、イベントがまだまだ少ないなか、
青空の下の開催でもあるため、なんとか開催維持しているようだ。
今回、いろんな女性が自ら商品をつくり、お客さんとコミュニケーションを
している様を見て、時短や自粛を求められ続けているデパートなど大型、装置型の店舗との差を感じた。なんだか楽しそうだ。わくわく感が違う。

マーケット、マルシェ、そして市。
これは、これからも残る業態だと思う。
もちろん時代の変化とともにスタイルを変え・・・。

そういえば、今回のこの会場は、私が学生時代によく通った古本市でも
有名なお寺だ。
やっぱり、京都は市の町でもある。

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