父を励ますには

コロナのおかげ、いや、コロナのせいで、
施設で暮らす父との面会は、基本禁止となっている。そうこうして約半年だ。
その間に、年を越え、季節をまたいで、母が先に旅立ってしまった。

コロナで世界を閉ざされた人は、心身ともに変調をきたす。
老人だけではないが、自分でどうすることもできない身においては、
余計にそうなる。
人間、外に出ることができないというのは、本当に不自然で不健康だ。
おひさまの日を浴びないと、動かないと、
肉体だけでなく、時間的、社会的感覚も衰えて、
認知症が加速してしまうケースが多いことと思う。

それを実感する今日この頃。
わが父も同じ。ほとんど会うことができず、用事があっても数分の面会。
その間に、どれだけもコミュニケーションできない。
父の中に、このわずかな時間はどんな風に残るのだろうか。

変化のない暮らしのなか、脳も体も衰えていくことを、
会うたびに感じる。まだ、かろうじて会話に応答したり、なんとか
自分の名前が書けるのが、救い中の救い。
父はもともと字が上手で、私にとってもちょっと自慢で・・・。
今はちょっと変形気味であるが、それでもペンをもって一生懸命
自分の名前を書こうとがんばってくれる。
「がんばって、そうそう、もっと大きく、そうそう」
止まりそうな手を見ながら、運動会のときのように応援してしまう。

とにかく、今の私には父が望みの綱。何とか元気に・・・。
好きな食べ物をこまめに差し入れたり、手紙を託したり・・・。
母とのツーショットの写真を見せると、じっとそれをみつめている。
きっと父なりに思い出を辿っているのだろうか。

そして、今回はNYで昔、父用に入手、ずっと実家に眠っていたヤンキーズの青い帽子を、ちょこんと父の頭にかぶせる。
「お父さん、帽子好きやん。これ、かぶると元気が出るよ」
半世紀も帽子職人であった父と、その妻母には、帽子は必需品であった。

父は、久しぶりの帽子を室内だからか、少し最初は拒否反応したが、
かぶってしまえば、そのまま。以前の普段の父に少しだけ戻った。
毎日、いろんな帽子をかぶり分けていた頃を思い出してくれるといい。

父を励ます。
なかなか制約がありすぎて難しいけれど、できることは全力でやろう。
時間が無限にあるとは思えないから・・。
父をもっと励ましたい。まともな会話をもう一度したい。
喫茶店に連れていってあげたい。好きな煮魚を食べさせてあげたい・・・。

「四十九日も終わったよ。もうすぐ納骨。コロナが落ち着いたら
お墓詣り一緒にいこうね」

と別れ際にそんな言葉を書けたが、父は黙っていた。
わかっているのか、いないのか。・・・それは、父が良い方でいい。
父を励ますには・・・。試行錯誤は続くが、あきらめない。
ずっとあきらめず、できることを、する。し続ける。



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