霧が晴れる日への切望。

コロナ禍のなかの、動乱。
この1年間での世界の大きな動きは、このウイルスの台頭がその要因のひとつでもあったかもしれない。
コロナがなかったら、世の中はこれほど変わらなかったはずだと思うと
その功罪について改めて思うことは多い。
そして、その余波はまだまだ続く、霧は晴れないまま、マスク暮らしは続く。

しかし、とにかく、アメリカの大統領選は終わった。信じられない議会の占拠という歴史的汚点を残しつつ、とにかく世界の大国はひとつの時代を終え、そして次へのバトンタッチ。

内心、ほっとしている。
そのリーダーはキャラクター的には、またスピーチ力では魅力的な一面もあったかもしれないが、またビジネスマンとしての才能はそれは凄いのだろう、押し切ってしまう力があるからこそ、ここまで国のカタチを変形することもできたのだろう。
しかし、分断は良くない。嘘も良くない。自分ファーストも良くない。
ずっと四年間思ってきたし、その悪しき影響が自分の国にも影響が出ないかと
どきどきはらはらしてきた。

民主主義が揺れ動き続けたこの4年。
そして今は、アメリカに限らず
香港のことも本当に心配だ。

大国の綱引きはますます目が離せないどころか、どう日本が巻き込まれていくのかも気になるが、なんとか平和に、人々が自分が思うことを、考えることを自由に発信でき、違いがあっても受容し合える世のなかになってほしい。

不当な逮捕、殺戮、憎しみ合い、貧困・・・。まだ日本には顕在化してきていないかもしれないが、他人事ではない。
コロナがきっかけとなるのかどうかわからないが、
真の民主主義が、そんな言葉を必要とせず、空気のような存在である社会に
戻ること、さらに浸透することを心から願っている。

緊急事態宣言の下、まだまだ霧は晴れない。
早くマスクをとって、新鮮な空気を心配なく吸うことができ、
自由に語り合える・・そんな世のなかを切望したい。

アメリカが好きな国に戻るか?ニューヨークに活気が今再び。
わかりあえる世のなかになるように。
心から祈り、自分が今ここでできることをやるのみ。
霧は必ず、晴れると信じている。


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