新型コロナでの世界の惨状、それに対する人々の努力、奮闘をさまざまなメディアで見ることができる時代。
ペストが流行ったときは、他の町で、国で何がどうなっているかなど知ることは
難しかった。
今は、カンタンに世界の情報が入手できる。よくもわるくも・・ではあるが。
よい点は、知りたいこと、知りたい町のことがわかるという点。
たまたまNYのコロナ感染の様子を編集したドキュメンタリーを見た。
偶然、つい最近、実家のピアノの上にみつけた、約30年前、初めてNYを訪問したときにグランドセントラル駅前で、同行者に撮ってもらった1枚の写真のことが重なった。
当時は珍しかった海外出張で初めてNYを訪ねることができ、私の世界観は一変。それから世界に出ることが大好きになり、NYはとくに、自分のモチベーションを高め続ける、最高の刺激剤となった。
何十回も通った。朝から夜まで足の裏が熱くなるほど歩き回った。いろんなストリートを歩き、いろんなところに泊まり、いろんなところで働く人々に出会い・・・。人種はさまざまだ。「どこから来たの?」これが会話のはじまりだ。今でもタクシードライバーとの会話から、ホテルマンとのふれあいから、デパートの販売員の接客から、現地で知り合った日本人との交流から・・さまざまなコミュニケーションの経験をくっきり思い出す。
そして、同時多発テロ。当時のNYのことも今になっても、つい昨日のように思い出す。
そして、今回のパンデミック。
医療の崩壊が叫ばれた。人種差別がこの国の感染を大きくした。NYは州知事や知事ががんばって、医療関係者の努力で、市民の尽力で、なんとか経済活動を取り戻し始めた。
いつ、NYに行けるだろう。毎年あの町に足を踏み入れ、さまざまな情報を得ること、そして創作や表現のヒントになってきたミュージカルやコンサートに行く・・・そんな日がいつ?あの大喝采はまた聞くことができるのか?
ミュージカルもコンサートも、観客があって作品が完成する。ソーシャルディスタンスを考えると、感動も別ものになる。
あの熱狂は、戻ってくるのだろうか?と、カーネギーホールの客席を思い出す。
ふと、長年お世話になってきた航空会社の未来も心配になり、そこで出会った人たちのことも思い出し、胸がいっぱいになる。成人してからの私はNYに育ててもらった。なのに、今は14時間ほどで行けるあの町に向かうには壁だらけだ。
そんな思いのなか、今自分ができること。
ささやかな寄付である。参加である。
ということで、以前長年、会員になっていたNYの美術館のサイトに久しぶりにアクセス。再び会員になり、ささやかな寄付と応援。
今年、この美術館150周年だそうで、なんと、こんなアニバーサリーイヤーになるとは・・。
このおかげで、この美術館からはこれまで以上にさまざまな情報が届くだろう。
また、NY TIMESもいつもデスクトップ上にすぐ見えるようにしておく。
練習に通ったスタジオからのメッセージは必ず目を通し、自分がそこにいるかのように想像を楽しむ・・・。カレンダーはもちろんNYの絵柄入りで。
ブロードウェイの近くで買ったマグカップで毎朝コーヒーをいただく。
などなど、今、私の目と手が届くNYをゲットする。
実際にはしばらくいけないだろう。
でも、いつか行ける。いつか30年前に初めて行ったときのように
感動しながら、アフターコロナのNYを歩ける日が必ずやってくる。
そう、信じて、今は私の掌中のマンハッタンを楽しむとする。
世界でがんばる医療関係者の皆さまに、心から感謝と敬意を込めて・・。