20年という歳月。 ニアミス人生に改めて・・

3月20日は例の地下鉄サリン事件が起きた日だ。この日が近づき、あれから20年だと各メディアが報じている。
あの朝を、久しぶりに思い出す。
当時会社員だった私は、毎朝地下鉄東西線から日比谷線を乗り継ぎ、小伝馬町の会社まで通っていた。
また31歳だった当時、早朝出勤に目覚めておらず、満員御礼の通勤ラッシュの中をがんばって通っていた。
が、その当日の朝は、その日に限ってわけあっていつもの日比谷線に乗らず、車で移動、何も知らず会社に無事ついたが、会社では
電車が止まった、遅れた、大変だ~と大騒ぎになっていた。そして一体何が起きたのだ~とみんなパニックに
なっていた・・。「ああ、電車乗ってなくてラッキーだった」とニアミスの朝に不思議な偶然に感謝したものだ。
あれが初めて知った、テロ事件だったのかもしれない。あれから、いろんなテロを体験、そして年々、最近では日々このテロが常態化し、日常化し、恐ろしい世の中になってしまっている・・。
20年経っても忘れることができない。被害を受けた方々やそのご家族にとっては、それにより人生が大きく変わってしまわれたことだろう。他人事とは思えない、もし自分がその身だったら・・と思うとたまらない。
そんなことが最近多すぎる。今週もチュニジアの美術館で・・。ここは大丈夫というところはもう世界中にないのか?
20年経っても人間は根本的に成長していない、進化していない、いや、もしかしたら退化、退廃しているのかもしれない。
理解に苦しむ現実の中で、どう危険を避けて生きていくか・・・むつかしい。いずれにせよ、自分の身は自分で守るしかないが、どこまで守り切れるか・・絶対がない・・ということを知り、覚悟して生きるしかない。

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