ある日曜の午後だったか、「うーん、これから何になろうかな?」とひとりつぶやいたら、家人がきいていたのか笑い出した。「普通、50もすぎて今から何になろうだって?」「おかしいかね?」笑いながら、「いやー、いいんじゃない。普通はそうは思わないだろうけど」
と言われて、そんなに変なことを言ったのかなと自分が自然に発した言葉を反芻。しかし、最近いつもそう思っている。もっと何かしなくちゃ、このままじゃだめだ、何になろう、何にしよう。そう、心は少女のように夢を追い求めている。何がしたいかといえば、人に感動を与えたい、元気を与えたい。それに尽きる。笑いでも涙でもなんでもいい。人が素直になれる心の状態、浄化されたキレイな心になれる瞬間に出会いたい、自分がその黒子でいたいということだろう。ありきたりがいや、人と一緒が嫌だと思うから、なかなかやっかいではあるが、ここのところ私の希望は「これから、何になろうかな」と真剣に思える人生に対するあきらめない意欲だ。これがある限り、元気に生きられるような気がする。最期の最後まで「さあ、何になろうかな?」とつぶやける人生がいい。
「これから、何になろうかな?」いつでも夢を。
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