もう十数年前のこと。発展を続ける上海の町の路地を、出張の合間に歩くのが好きだった。
高層ビルの建設がすすむなか、昔ながらの人々の暮らしを垣間見るのはとても心なごんだ。
洗濯板を使って衣類を洗い、家の二階にロープを吊るし、そこに干す。
目を閉じれば、その風景がくっきりと浮かんでくる。
変わりゆく上海のなかの、のどかな暮らし。
もっとも印象深かったのは、家の外にある洗濯場で洗濯をするお婆さんの背中だった。
その様子がなんだかとても気に入って、思わず写真に収め、翌年の年賀状に使った・・・。
http://www.mahsa.jp/profile/nenga/nenga03.html
そのことをすっかり忘れていたが、最近、再び、老婆の背中を見ることがあり、そのときのことを思い出したのだ。
実家の近所のホームに入所した父を訪ねた日のこと。母も時間を合わせて自転車でやってきた。自転車で20分ぐらいの距離だ。父が暮らすホームで用事を済ませてから、母と最寄の駅まで一緒に向かう。私は電車で、母は自転車で。駅で別れるまで数分のことだ。
何十年ぶりかの懐かしい組み合わせ。子どものころから母はいつも自転車に乗っていた。
駅に着いた。「じゃね、また」「ありがと。気を付けていってよ」
と別れると、母は引っ張っていた自転車に元気にまたがり、こぎ始めた。
電車もまだ来る気配がないため、帰っていく母の姿をずっと見ていた。
毎日自転車に乗って近所を行き来して、なんとか元気にやっている。
でも、もう80歳を過ぎた。「元気やな・・・」
だんだん小さくなる母の背中を見て、なんだか涙があふれてきた。
いつまでも、元気に自転車乗らんとね。
そのときに、上海で見た洗濯するお婆さんの背中を思い出した。
母の背中は、たくましい。母の背中、できれば永遠に。
記憶のなかでは、もはや永遠だ。