出会いは導かれるもの

キリスト教の本場、とくにドイツでのこの季節のクリスマスマーケットは壮観である。たまたま出向いた時期がそうであったと、現地に着いてから、町や駅の賑わいを見て納得。
生きる道しるべであるイエスさまの生誕記念日となれば、新旧関係なく、信徒たちがその記念を祝うのは自然なことである。
と、そんなクリスマスマーケットが目的でこの時期の訪問を選んだのではなかったが、偶然にもその時期に遭遇でき、いろんな出会いを得ることができた。
せっかくなので、そのクリスマスマーケットで有名なニュルンベルクに行こうと電車のチケットをとろうとすると、売り切れ。では、ということで、ベートーベンの生家のあるボンに向かうことにする。運よく電車はあったものの、その電車がトラブルで遅延。途中で行先を変えられ、急きょボンの手前の駅で乗り換えをすることに。そのタイミングで偶然出会った青年。JAICAで働くベオグラードの人であった。電車が遅れたおかげで1時間以上、会話をすることができ、国ごとのコミュニケーション文化の違いや日本人やドイツ人の精神性などについて楽しく交流でき、連絡先を交換。カタコトでも1時間頑張って語り合うのはいい勉強。日本人同士であっても初対面で1時間話し続けるのはなかなかだ。

もっと勉強しなければ、しておけばよかったと、痛感。英語力はもとより、世界史も地政学も民俗学もコミュニケーションには不可欠だ。ベオグラードについての何も知らない自分を恥じ、世界に無知な自分を改めて知る。
当初の目的地ニュルンベルクに行っていたら、彼には出会えていない。

さらに帰国する便でたまたま隣の席になったひとりの女性。なんと名古屋の人であり、途中の乗り継ぎ後も隣の席であった。
予約を一緒にしたわけでも何でもないのに・・。
そのソウルからの乗り継ぎ後は、さすがにこの偶然が不思議になり、お互いなんとなく言葉をかけ始める。そのうちにお互い自分のことを語っていた。
初対面の乗り継ぎ後、わずか1時間半。彼女はこれまで人に話したことがないご自身のことを話してくれた。両親も旦那さんも病気で亡くされ、その境地についてときには涙で語ってくれた。
「こんなこと、人に話したことないんですけどね」
空港に着く頃には、彼女と親しくなっていた。彼女は、「なんだかすっきりしました。いろいろ聞いていただいてごめんなさい・・・」「こちらこそ、ありがとうございます」こちらも連絡先を交換し、笑顔と握手で別れた。

旅先で出会った人は多くいる。

一見偶然のようでもあるが、長くその関係が続くこともあり、心に残る大切な友人もいる。

一歩外に出なければ、何かひとつ違っていればこの出会いはない。

出会いは本当に偶然であるが、大切な出会いは導かれているような気がする。
今回もまさしく、そんな出会い。
両親を亡くした彼女が
「親孝行してくださいね。彼を大切にしてくださいね」
と言ってくれたその言葉。帰国後も、じーんと胸に残っている。

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