テレサの涙が降る街。

わが憧れの、テレサテンは台湾生まれであり、歌手としての活動を始めてからは香港を拠点にしていた。
山の上に住まいがあったようで(おそらくかのビクトリアピーク)、眼下に広がる、あのスターフェリーが行きかう港の風景を見るのがきっと彼女も好きであっただろうと、勝手に想像する。

アジアでいながら、先進的な国際都市。自由の町、HONGKONG。
彼女の成功は香港なしには成しえなかったかもしれない。

彼女が歌った曲に「香港」という作品がある。私も大好きなレパートリーのひとつで、何度も何度も聴きながら覚え、たまにカラオケにいっても、歌うのが好きな曲。(最近はもう何年も行っていないが・・・)
この曲を歌うたび、私なりの香港の思い出もよみがえり、またテレサもあの町を
愛したと思うと、心がキュンとなったものだ・・。

♪星屑を地上にまいたこの町のどこかに

思い出も哀しみさえも今は眠っている♪

で、始まるこの歌は、テレサ自身と香港の関わりを描くだけでなく、香港を拠点に行きかう人々のことを描いていると想像する。

香港は自由、でも不安定。でも、自由で開放的で生き生きとして・・・。アジアのNYともいわれる時代もあった。
なんど、香港で正月を迎えたことか、香港とマカオはアジアにいながらにして、世界旅行ができる、とびっきりの町だった。

香港の空港といえば、生き始めた頃は、町なかにあって、人々が行きかう真上を飛行機が飛んでいた。そんな日のことも、今となれば、懐かしいが、もうその名残もない。
現在の香港国際空港は、アジア最大のハブ空港。多くの人を日々アジアと世界を結んでいる。巨大な空港建設ラッシュの先駆けだった記憶がある。

今回、空港でのこの非常事態。連日のニュースを見ながら、衝撃を受ける。
激しい状況になればなるほど、香港の若者たちの悲痛さが浮かび、涙が出る。
自由を求めて、何が悪い。人として・・。
本当にがんばってほしいが、心配をしている。

世界中が心配している。

ああ、イギリスと統治下時代の香港の輝き、きらめきを思い出し
今は連絡がとれなくなった知人たちはどうなったのかと心が痛む。

テレサも天の上から、星屑とともに涙の粒を落としているだろう。

香港の民主化を心から応援し、一連の騒動が世界の協力と良心で収まることを心より願っている。




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