ひとり余韻の反省会

ついつい、日々の課題に追われ、毎日を予定通りにこなすことが当たり前になっている。しかし、時にはひとつの取り組みについて、ひとりでゆっくり振り返り、それを成し遂げることができたことについて、そしてそのためにご協力、応援いただいた全ての方々に、静かに思いを馳せ、改めて感謝の気持ちをもつことは、とても大切なことだ。そして、それができてこそ、ひとつの活動がはじめてひと区切りということになる。「やった!よかった!」というだけでは、本当の意味で、やったことにはならない。

昨年12月1日、山口のサビエル記念大聖堂にて、ザビエルに寄せるオリジナル曲「フランチェスコの夢」を演奏することができた。あの美しい教会で、しかもアカペラでの演奏・・。多くの方に聴いていただき、拍手をいただいた。
信徒でもないのに、山口にゆかりがないのに、いろんな意味で「ないない尽くし」であったのに、地元出身の方はじめ、いろんな方のおかげで、その思いが叶った。
そのときは、「やった!」という興奮的な達成感であったが、時間が経つにつれ、改めてしみじみと思い出すことが多く、もう一度、ちゃんとお礼に行かなくちゃと思い立ち、再び、山口に向かった。

小雨降る3月初め、3か月ぶりの、サビエル記念大聖堂。懐かしい感じだ。
あの日は1000人以上の人が集まっていたが、今日は数名ほどの来館か。天気のせいというのもあるかもしれない。でも、この静けさこそが、教会本来の姿である。
今一度、ザビエルの歴史を展示解説している資料館を見ながら、ザビエルについて復習、そして大聖堂に上がって、美しいステンドグラスの光を受け、初めてここに来たときのこと、12月の本番前日のときのこと、本番のときのこと・・どんどん緊張が高まったことを思い出し、3か月前の自分を思い出した。

ああ、忘れてはいけない。ここに来なければ、少し薄らいだかもしれない自分の貴重な経験が改めて鮮やかによみがえった。
今回は、声を出さず、心の中で、ひとり、その曲を歌い、祈った。
いろんな方への感謝の気持ちが一層、膨らんだ。

「山口のみなさん、ありがとうございました」と心のなかで、皆さんの顔を思い浮かべた。
そして、教会の中で外で、その姿を見せているザビエルの像(作品)に向かって「ザビエルさん、またお会いしましょう。本当にありがとうございます」
と声をかけ、手を合わせる。

短い時間、雨降る、山口へはるばる、この大聖堂へのお礼まいり。(まさしく・・)
ひとり反省会でもあり、感謝の時間であり、次のステップへの充電の時間でもある。

余韻を味わいながら、雨のなか、教会から駅に向かった。だんだん、この町に親しみがわいてきた・・。きっとザビエルさんもそうだったんだろうと思いながら・・。



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