もし、あなたが私が認知症になっても・・

認知症と戦う夫婦のドキュメンタリーを見た。
旦那さんが、認知症になった奥さまのお世話をされ続け、そして愛妻に手紙を
書き続ける物語だ。
手紙を読むことができない奥さまに向かって旦那さんは2000通に近い手紙を
書き続けている。奥さまに語り続けている。
おそらく、その語りかけにより、今はまともな会話ができない奥さまとの
元気だったころの会話を取り戻しておられるのだろう。
旦那さまは、毎日奥さまの世話をされる。食事から排泄から・・。
まるで子供をあやすように、子供の世話をするように・・。
そして散歩に出かける。
元気だったころの奥さまは、旦那さんと手をつなぐことは恥ずかしいと
絶対応じなかったが、今は、すすんで手をさしのべ、ふたりは手をつないで
散歩をする。旦那さんは、この散歩時間が今は一番楽しいと感じておられる
とのこと・・。
認知症は良くなることが難しい病気のようで、症状は悪化する。
以前は、旦那さんの名前をしっかり呼ぶことができたのに、今はもう
それもかなわなくなった、旦那さんを「お母さん」と笑顔で呼ぶそうで・・。
そのうち、自分の存在すらも忘れていくのではないかと旦那さまは
つぶやく・・。

このドキュメンタリーは涙なしでは見ることができない。
いつ、自分が相手がそうなるかもしれないから。
決して他人事ではない。
そうなったら、そうなったで仕方ない。もちろんすべきことはするのだろう。
でも、そんな日はできれば来ない方がいい。

旦那さんは、今となっては愛妻のお世話をする生活、
一緒にいる時間が少しでも長く続いてほしいと
の気持ちでその思いを、手紙にも綴っておられる。

愛とは・・。
夫婦とは・・。

やっぱり元気なうちから、悔いないように感謝して、大切にして
いかないと・・。
わからなくなってから、後悔しないように・・。

人生は永遠ではないが、愛は永遠。
そうありたい。
と、その話を、相方にする。
「しょうがないじゃん」
とひとこと。

人はそう言い、そう思いながら、
その時そのときで、現実を
受け止め、受け入れて生きていくのだろう。

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