父の82歳の誕生日。特に何をしてほしいともいわれていないし、大げさなことも
好きではないため、とくに事前準備はなし。
かといって何もしないのは、あとで悔いが残りそう。
妹と連絡取り合い、父を岐阜の昭和の代表的繁華街「柳ケ瀬」に連れていき、
「柳ぶら」でもしながら、何かプレゼントでも買ってあげようということに。
柳ケ瀬は、父が若いころ、私たちが子どものころ、美川憲一の歌とともに流行った
町だ。週末にはものすごい人が集まった、賑わいの町。今はそのかけらもなく、
それでも週末だから、多少は人がいる。
岐阜市で唯一なんとか残っている高島屋に車いすに乗った父とともに行く。
紳士服売り場を三人で巡る。しかし、ビジネスマン向けの商品が多く、おじいさんに
似合うものはない。
「ユニクロいこか」
ということになり、そのまま車で近くのユニクロに行く。
ここなら、洗濯機で洗える、どれだけ汚しても大丈夫な衣類が山とある。
ここで、父はおしゃれ心を刺激され、車いすから立って、売り場の商品を
見始め、そこでダウンジャケットの色選びとなる。
「赤色着た方が若く見えるよ。イタリアのじいさんは赤い着てかっこいいよ」
「赤なんか着るか。おれはイタリア人じゃない」
とこんな感じで、少し口論になる手前でああでもない、こうでもないと
父が何回も試着した。
その光景がとてもうれしく思えた。着る服を自分で試着して、ああでもないこうでも
ないと言い合えるなんて、幸せなこと。
結局、ゴールド系のダウンジャケットを妹と半分づつ出して買う、
7000円でお釣りがくる82歳のクリスマスプレゼント。
「今度、京都への旅行に来ていけば?」
それから、三人でコメダ珈琲に行き、よもやま話。
その後、解散。
別れるときに、車の中で、
「はい、お父さん~。お誕生日おめでとー♪ ハッピーバースデー トゥ ユー」
と歌いながら、私が車を降りた。父は、あほかという感じで、笑いながら
横を向いていた。
ほんとうにささやかなお祝い。感謝の気持ちを込めて。
あと何回迎えられるかわからないバースデーだけど、毎回感謝して
楽しくお祝いしたい。
大げさでなくていい、ちょっとしたことで、十分に幸せだ。
父がいて、自分がいる。
だから、父の誕生日は感謝の日。
まだまだいける!
別れた後、久しぶりに心が軽くなった気がした。