月別アーカイブ: 2021年10月

父のお供と、お揃い。

父ががんばって生きているときから、父のお供について、考えていた。万が一・・をどうしても考えざるを得ない日々であった。いろんなものを少しづつ用意していた。でも役立つ日はずっと遠いといいと思っていたが・・・。 そして、今とな … 続きを読む

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たくさん、たくさんありがたく。

父の旅立ちから、まだ1週間経っていない・・。それなのに、まったく世界が変わった、この不思議な経験。ちょっと言葉で言い表せないものがある。おそらく、経験しないとわからない感覚なのかもしれない。 本当に、多くの方がお悔やみや … 続きを読む

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やりきった感と・・・。

本当に皆さまが心配してくださる。親が亡くなる、しかも半年あまりで、もう一人も・・・。1年しないうちに両親が亡くなるって、そんなにあることではないのかもしれない。だから、皆さん、かける言葉もない・・・と言われ、本当に心配し … 続きを読む

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父の帽子愛。

今回の葬儀でもっともよかったと思っていることは、父が40年以上お世話になった会社の社長さんにおいでいただけたこと。定年退職して約四半世紀経とうとしているため、退職後は、ほとんど交流がなかった。けれど、父が2年前、脳梗塞で … 続きを読む

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旅立ちのお供に・・

10月14日に安らかな眠りについた父を、昨日16日無事に送ることができた。あと2週間がんばってくれたら満85歳になったのに、享年85歳として、この世での人生を終えることになってしまったのは、ちょっと惜しいけれど。コロナの … 続きを読む

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アディオス ヒロサ

父の名前は、「允碩(マサヒロ)」。まず読めないから、昌弘というのが通称だったそうな。そして、近所や地域の皆さんからは、「ヒロサ」と呼ばれていた。ヒロさんの変形、方言か。 そのヒロサとのお別れの朝を迎えた。 尊敬するアスト … 続きを読む

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もう、会えるね。

写真は数年前の私のふるさとライブの休憩時間にとった両親のツーショット。なんだかいい笑顔だ。ちょっと照れている感じ。今、この写真を見ると、なんとも言えない気持ちになる。もう会えない。でも、両親たちは、もう、会える。また、会 … 続きを読む

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写真がない時代は。

写真の歴史はたかだか150年ほどか。 写真技術の発達により、記録が可能となり、今やデジタル処理も簡単。世界中の人々が自分で簡単に、撮影し、さらに発信できる世の中になった。人の命が終わっても、写真で在りし日のことを思い出す … 続きを読む

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「いのち」と経済。

コロナは本当に収束しただろうか?理由はわからないが新規感染者が減少してきたということで、これまで自粛していた飲食店の営業活動も再開、新しい生活様式の中で経済活動が復活。どこまでどうなるか?は誰にもわからない・・・。とにか … 続きを読む

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好奇心と自由と調和と・・

法政大学前総長 田中優子さんの新聞の寄稿記事のなかで、ノーベル物理学賞を受賞された真鍋淑郎さんのことが書かれてあった。真鍋さんは、強い好奇心によって研究を続けてきたが、日本に帰らない理由として「自分は調和のなかで暮らすこ … 続きを読む

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